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多様性、そして言葉の持つ力を痛感させてくれたスピーチ│連載「甘糟りり子のカサノバ日記」#35

 アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニス、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。

 今回は、女性アスリートの話題。先日の女子サッカーワールドカップで優勝したアメリカ代表でキャプテンを務めたミーガン・ラピノー選手によるスピーチについて。彼女の言葉、そして振る舞いから、さまざまなことを感じたという甘糟さんが自身の経験とも重ねながら綴ってくれました。

ラピノー選手の大胆で自由で、誠実なスピーチから痛感

 ここ数年で、多様性という言葉をよく耳にしたり目にしたりするようになりました。三省堂の辞書によれば、「多様」とはいろいろな種類のある様子。多様性とは、つまり、各自の個性を尊重することだと認識しております。

 そう頭では理解しているのですが、果たして私はそれを感覚で理解して、行動で実現できているだろうか。正直いって自信がありません。時々ですが、無意識のうちに自分とは違う個性を、自分とそれ以外、もしくは自分たちとそれ以外、と分けてしまいます。それ自体がいけないとは思いません。個性を分けるのは認めているからです。でも、もし、分ける時に差別とまでいかなくても、「めんどくさいな」という気持ちがちらっとよぎったことがあったとしたら、その気持ちこそが差別の始まりなんじゃないだろうか。

 先日、女子サッカーW杯で優勝したアメリカのキャプテンによるスピーチを見てから、ずっとそんなことを考えています。選手たちはスーツなどではなく、胸に「ワールドチャンピオン」と書かれた黒いTシャツで登場し、ダンスまで披露しました。自由だったなあ。

▲W杯が開催されたフランスから帰国し、ニューヨーク市庁舎前でセレモニーを行ったアメリカ代表

 スピーチのために登壇した登壇したミーガン・ラピノー選手は、チームメイトやファン、ニューヨーク市長への感謝を述べた後、言いました。

「私たちのチームには、ピンクの髪や紫の髪、タトゥーをしている人、ドレッドヘアの人、白人、黒人、その他いろんな人種がいる。ストレートの女の子もゲイの子もいる」

 彼女はレズビアンであることをカミングアウトしています。ピンクに染められた髪、丸いレンズのサングラス。憎しみ合うのはやめよう、人の話を聞こう、世界をより良い場所にしよう、とスタッカートの強い口調で話す様子はヒップホップのスターのようでした。英語はさっぱりわからない私でも、不思議と彼女の声や口調、言葉に惹きつけられます。どうしても言わねばならない事があるから、こちらに届くのでしょう。

 もし未見でしたら、ぜひググってスピーチに触れていただきたい。心が動かされると思います。

 優勝が決まる前、サッカーメディアのインタビューで、「もし優勝してもくそホワイトハウスなんかには行かない」と発言し、話題になりました。トランプ大統領はこれに「優勝してからいったらどうだ」と応戦、見事に優勝してみせたのです。ちなみに、オバマ大統領の就任時にはホワイトハウスを訪れているとのこと。

 件のスピーチの後、ソフトバンク・ホークスのサファテ選手が「そんなにアメリカが嫌いなら出て行けばいい」といった主旨のツィートをし、読売ジャイアンツのマシソン選手もそれに同調しましたが、その後、謝罪しています。

 アメリカでは、芸能人もスポーツ選手も世の中に関してはっきり意見を言うケースが多い。政治に関しても、セクシャリティに関しても、自分のスタンスを明らかにしますよね。なんでもかんでも欧米に習うのはかっこ悪いですが、この点に関しては素直にいいなあと思います。

 日本のスポーツ選手ってこういう「声」を持っている人が少なすぎる。ちょっとでも自分の競技以外のことを話すとすぐやいやい言われますから、とりあえず黙っておこう、肝心の勝負の時に集中できなくなってしまうし、と考えるのも仕方がないのかもしれない。なんて、受け取る側もすぐにあきらめてはいけないですね。

▲アメリカ代表のキャプテンとしてチームをけん引。大会MVPと得点王に輝いた

 ラピノー選手の大胆で自由で、誠実なスピーチで、意見を持つこと、それを世の中に伝えることの大切さを痛感しました。言葉の持つ力も感じました。同時に、私は言葉の仕事をしているのに、いつまでたってもその当たり前の行動がきちんとできていないなあとも思ったのです。スポーツ選手に対して「声を持って」、なんていう前に自分が発しないとね。

 私は批判が怖いです。

 SNSなんかない時代から、雑誌に自分の名前で文章を書いてきました。編集部や自宅に抗議の手紙が送られてきたことも多々あります。ツイッターやブログのコメント欄より手間がかかりますから、その負のエネルギーもかなり強いものでした。受け取った後は必ず文章を書き出すのが億劫になります。

 そんなことを何度か経験しているうちに、エッセイやコラムではなるべく批判を回避する癖がついてしまいました。自分で自分に忖度したというか。すると、どうでしょう。声のあげ方やタイミングがわからなくなって、ますます声を上げにくくなるのです。

 しかし、言葉は私の大切な仕事道具。それを後生大事にしまいこんでどうすんの。ラピノー選手のスピーチを見て、そんなふうに思いました。

[プロフィール]
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
神奈川県生まれ、鎌倉在住。作家。ファッション誌、女性誌、週刊誌などで執筆。アラフォーでランニングを始め、フルマラソンも完走するなど、大のスポーツ好きで、他にもゴルフ、テニス、ヨガなどを嗜む。『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』のほか、ロンドンマラソンへのチャレンジを綴った『42歳の42.195km ―ロードトゥロンドン』(幻冬舎※のちに『マラソン・ウーマン』として文庫化)など、著書多数。『甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」』(ヒトサラマガジン)も連載中。河出書房新社より新著『鎌倉の家』が刊行。7月12日には、『産まなくても、産めなくても』の文庫版(講談社)が刊行! ▶Amazonはこちら

<Text:甘糟りり子/Photo:Getty Images>

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