パ・リーグ好き、野球好きにはたまらない一冊を読んで思い出したこと│連載「甘糟りり子のカサノバ日記」#42
アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニス、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。
今回は、ある書籍を通じて蘇ったという、野球の思い出について。甘糟さんさんが、プロ野球、そしてパ・リーグに熱狂していたあの時代とは?
伝説の一戦「10・19」
子どもの頃、プロ野球が大好きでした。小学生の時から阪急ブレーブスの大ファン。山田久志投手にはファンレターを何度か出しました。あの頃、プロ野球の中心は読売ジャイアンツで、人気のセ、実力のパなんていわれておりました(意地でも巨人とは書かない。あれは自分たちが勝手につけている名称ですからね。笑)。それだけに私たちパシフィック・リーグのファンは連帯感が強く、阪急のライバルだったチームにもそれなりに愛着があります。
当時、パ・リーグだけが前後期制でした。人気がなかったので少しでも盛り上げるための策です。前期の優勝チームと後期の優勝チームが戦うプレーオフでは全力で阪急を応援して、阪急が敗れた場合の日本シリーズは阪急を下してパリーグ代表となったチームを全力で応援しておりました。わかります? この感覚。パ・リーグのファンならではの。
その後、テニスを始めたり、野球カードよりおしゃれにお小遣いを使うようになったりして、だんだんプロ野から興味は離れていきました。大好きだった山田久志と福本豊が引退し、阪急ブレーブスがオリックス・ブレーブスになる頃にはすっかり熱も冷めちゃって。
でも、まあ、親会社が変わるなんてことはプロ野球ではそれほど珍しいことでもありません。特にパ・リーグはちょくちょく身売りが行われていた印象です。1991年、オリックス・ブルーウェーブになって、ブレーブスというチーム名ではなくなってしまった時はさすがに寂しかったけれどね。
しかし、2004年に近鉄バッファローズのファンが受けた衝撃はそんなものではなかったはず。なんといっても、球団が丸ごと無くなってしまったんですから。元阪急ファンで、プロ野球熱は冷めていた私でさえ、「マジか……」と思いました。
さて、先日『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』(元永知宏著)という本を読みました。今は亡き近鉄バッファローズというチームを、最後の選手会長を務めた磯部公一さんとともに振り返るというもの。
1973年、弱小球団だった近鉄の監督に就任した西本幸雄の章から始まります。西本氏はそれまで阪急ブレーブスを11年間指揮し、5度の優勝に導いた名将。阪急ファンの私には馴染深いお名前です。そして、西本監督の章では山田久志のコメントが出てくるではありませんか。なつかしいなあ。タイムマシーンに乗った気分です。あとがきにも著者の元永氏と生前の西本監督とのやりとりが書かれているのですが、西本監督が超かっこいい。
▲阪急ブレーブスを代表する名投手、山田久志(Photo:Getty Images)
阪急ファンにはこれもまた馴染深い仰木彬監督の名前は、あの「10・19」の日付とともに出てきます。いまだに語り継がれる伝説の一戦。私的にはこの本でもっともドラマを感じるのはやっぱりここ。
勝てばリーグ優勝、引き分ければ西武ライオンズの優勝が決まる、大一番。ただし、当時のパ・リーグは試合開始から4時間を超えた場合はそのイニングまでで試合は打ち切りというルールがありました。
4対4のまま9回裏に突入、ロッテの攻撃。セカンドへの牽制球アウトの判定で、ロッテの有藤監督が猛抗議をします。近鉄としては時間切れが怖いわけです。9分間の講義の後、なんとか10回表の近鉄の攻撃に入るのですが、そこでも点は入らず。残り5分しかありませんから、近鉄の勝利は不可能。試合の途中ですが、ここで8年ぶりの優勝は消えたわけです。
この場面、久米宏さんがメイン・キャスターを務めていたテレビ朝日の『ニュースステーション』が放送内容を大幅に変更して生中継しました。私も固唾を飲んで画面にかじりついておりました。「今日はお伝えしなければならないニュースがたくさんあります。ですが、ここで野球中継をやめるわけにはいきません」という久米宏さんに、パ・リーグ・ファンはみんなしびれたはず。
10回表の攻撃が終わり、最後の守備につこうとする選手たちやベンチの仰木監督の無念の表情が画面に映し出され、鼻の奥がツーンとなったことをよく覚えております。
本では梨田昌孝選手のこんな言葉が紹介されておりました。
「(略)生放送してもらったのが大きかった。あのテレビ中継がその後のパ・リーク人気につながったと思う」
人気のセ、実力のパ、から時は流れて、パ・リーグがもてはやされる時代が来るなんて昔は想像につきませんでした。しみじみしてしまいます。近鉄ファンだった方はもちろん、パ・リーグ好き、野球好きにはたまらない一冊です。
[プロフィール]
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
神奈川県生まれ、鎌倉在住。作家。ファッション誌、女性誌、週刊誌などで執筆。アラフォーでランニングを始め、フルマラソンも完走するなど、大のスポーツ好きで、他にもゴルフ、テニス、ヨガなどを嗜む。『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』のほか、ロンドンマラソンへのチャレンジを綴った『42歳の42.195km ―ロードトゥロンドン』(幻冬舎※のちに『マラソン・ウーマン』として文庫化)など、著書多数。GQ JAPANで小説『空と海のあわいに』も連載中。近著に『鎌倉の家』(河出書房新社)、『産まなくても、産めなくても』文庫版(講談社)。
<Text & Photo:甘糟りり子>