ギンズバーグ氏を支えたパーソナルトレーナー│連載「甘糟りり子のカサノバ日記」#53
アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニス、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。
9月18日に亡くなった米連邦最高裁判所の判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグ氏。女性や人種的少数派の権利向上に大きな功績を残し、RBGの愛称でアメリカ国民に親しまれ、尊敬された人物でした。20年以上にわたってパーソナルトレーナーのもと、トレーニングにも励んでいたという彼女から、甘糟さんが受け取ったものとは。
ギンズバーグ氏の存在が物語っていたこと
あるニュースサイトで見つけた動画がずっと心に残っています。
アメリカの連邦最高判事ギンズバーグ氏の追悼式典の模様です。女性として史上2人目の最高判事。クリントン大統領の時に指名されました。性差別に切り込み、女性が人工妊娠中絶を行う権利を主張してきた方です。日本でぼんやり暮らしている私でも、判事という職業の硬いイメージを翻すファッショナブルなスタイルとあいまって、関心を寄せておりました。日本にもああいう存在がいたらいいのになあ、なんて思ったりして。訃報を知った時、ふと涙が出そうになりました。正直いって、すごいフォロワーとかファンというわけでもなかったのに。それは彼女が大きな象徴として私の胸の中にあったからです。
もちろんアメリカでは大人気。彼女のドキュメンタリー映画も作られています。その中でにこやかにこう言う彼女は本当にかっこいい。
「特別扱いは求めません。男性の皆さん、お願いです。私たちを踏みつけているその足をどけて」
#metoo運動が起こるずっと前から、彼女のような人が発言し行動してきたからこそ、少しずつ世の中が変わってきたのでしょうね。まだまだほんの少しですけれども(新しい内閣の顔ぶれ見て、昭和に逆戻りしたのかと思っちゃいました)。
ギンズバーグ氏は2009年に膵臓癌を患い、2018年には転倒して骨折、その際に肺に悪性腫瘍が見つかっていますが、生涯現役でした。なんでも20年以上も前からトレーナーをつけてのパーソナル・トレーニングを行なっているのだとか。映画でも、高齢にも関わらずテキパキとダンベルを持ち上げたり、ロープを引っ張ったりして筋トレに励む様子が映し出されています。
連邦議会議事堂での追悼式典には担当だったトレーナーも参列されたそう。私が忘れられないのは、その際の動画です。
トレーナー氏はアメリカ国旗に包まれた彼女の棺の前で腕立て伏せを3回したのでした。静粛な雰囲気の中での腕立て伏せ! すてきな場面でした。追悼式典ですからマナーや決まり事は大切だけれど、故人とその人だけの関係性による追悼の仕方もありだと思うんですよね。心から追悼しているんだなあ、と伝わってくる。そして、彼女の死を悲しむだけではなく、そこからまた進んでいく前向きな姿勢も感じます。その場面を何度も見直してしまいました。
Ruth Bader Ginsburg’s personal trainer of more than 20 years, Bryant Johnson, honored the late Supreme Court justice with pushups at the Capitol. pic.twitter.com/Pfe0jXUE4N
— HuffPost (@HuffPost) September 25, 2020
享年87。ギンズバーグ氏が80歳を超えても緊張を強いる仕事を続けられた理由の一つがトレーニングであることは間違いないでしょう。
筋力って大切です。
身体が思うように動かなくなると、気持ちも落ち込むし、そうなると意思も折れてしまう。身体と心は密接ですから。
筋トレでなくてもいい、ヨガでもランニングでも、年齢を重ねた人こそ自分が続けられそうな運動の種目を持つべきです。若い頃と同じ体型を維持する必要はありません。でも、体幹と脚力だけは可能な限り落とさない、いやできるなら性能を上げていきたい。
ギンズバーグ氏の画像をググるとわかるのですが、とてもおしゃれなんです。法衣の上に白いレースの襟をつけるのはアイコンとなっているそう。他にも法衣に大ぶりのネックレスをつけたり、法衣の時以外ではエスニック風のワンピースやカフタンをきこなしたり、見え方を気にしているのではなく、ファッションが好きで楽しんでいることが伝わってきます。トレーニングは好きな服を着こなすためでもあったのかもしれません。
社会で活躍するために、女性が男性と同じようになる必要はない。世の中が合わせるべきです。女性が女性であるがままで活躍できるのが本当の平等ではないでしょうか。ギンズバーグ氏の存在がそれを物語っていました。もう彼女はいません。例え小さい声であっても、自分たちで上げていかなくては、と思います。
[プロフィール]
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
神奈川県生まれ、鎌倉在住。作家。ファッション誌、女性誌、週刊誌などで執筆。アラフォーでランニングを始め、フルマラソンも完走するなど、大のスポーツ好きで、他にもゴルフ、テニス、ヨガなどを嗜む。『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』のほか、ロンドンマラソンへのチャレンジを綴った『42歳の42.195km ―ロードトゥロンドン』(幻冬舎※のちに『マラソン・ウーマン』として文庫化)など、著書多数。GQ JAPANで小説『空と海のあわいに』も連載中。近著に『鎌倉の家』(河出書房新社)、『産まなくても、産めなくても』文庫版(講談社)。《新刊のお知らせ》
幼少期から鎌倉で育ち、今なお住み続ける甘糟りり子さんが、愛し、慈しみ、ともに過ごしてきたともいえる、鎌倉の珠玉の美味を語るエッセイ集『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)が発売中。
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<Text:甘糟りり子/Photo:Getty Images>