大きく成長した20代があったからこそ。30歳になった2020年は恩返しのために走り夢を叶えます│寺田明日香の「ママ、ときどきアスリート~for 2020~」#34
ついに、2020年がやってきました。
私が東京オリンピック出場を目指し、7人制ラグビーを始めたのは2016年後半。それから、あっという間に3年半の月日が流れ、今年、東京オリンピックが開催されます。
そんな2020年の幕開けとともに、私、寺田明日香も1月14日で30歳となりました。個人的にも節目の年、ステップアップの年となります。
今回の記事は、私の20代の振り返りとともに、約180日後に控えている東京オリンピックへの想いと抱負を書きたいと思います。
最後まで、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします!
自分の世界が広がった23歳からの3年間
20代の始まりの年は、陸上選手として100mハードルで日本選手権を2連覇したときでした。
北海道ハイテクACに所属し、先輩の北風沙織さんと福島千里さんとともに過ごすなかで、私はいつも“3番目の存在”。いくら日本選手権で勝ったとしても、世界選手権やオリンピックにいけないと駄目なのだなと、思って過ごしていました。
「実業団選手なのだから、結果を出すのは当たり前」
そう思いながら陸上競技をしていく日々のなかで、“楽しいかけっこ”から“陸上競技は仕事であり、楽しむものではない”という気持ちに変わっていきました。それが、スポーツでお金をもらう人間の責任なんだ、と。
その後、怪我が増え、結果はどんどん悪くなり、チームの皆ともコミュニケーションが取りづらくなっていきました。ロンドンオリンピックを逃してからは摂食障害にもなりました。
私には陸上しかないのに、と思う反面、もう陸上競技はできないと、23歳でトラックから離れることにしました。
陸上選手を引退してからは、今までのこの連載コラム(過去の記事はこちらから)でもお話しているように、結婚・出産、大学進学、スポーツナビさんでの企業インターンやアスリートのマネジメント会社2社での事務業務の経験など、ほぼ競技とは関係のないところで生活をしました。
今までとは違った場所で自分の世界が広がり、人間関係ができていくことで、競技しかないと思っていた引退当時から一変して、“陸上競技は人生のほんの一部”だったという考え方になりました。
24歳での出産は、近年の日本の女性の平均出産年齢から見ると早い方だと思います。娘が生まれ、自分のことよりも優先しなければならないこと、優先したいと思うことがある、ということを学びました。娘の存在が私を大きく成長させてくれているなとつくづく感じています。
26歳で飛び込んだ7人制ラグビー
26歳後半からは、アスリートへの復帰、7人制ラグビーの世界に飛び込みました。大学院に進もうか、企業への就職を考えるか、などの選択肢があるなかで、7人制ラグビーという選択肢が出てきたことは自分でも驚きですが、ラグビーをした2年間はとても濃い時間で、今までの人生にはなかった経験をさせてもらいました。
球技は小さい頃から得意だったため、ボールに対する苦手意識はなかったものの、チームでの行動や自分の役割を考える、からだを作り変える、プレー内外でコミュニケーションをとる、というのは新鮮でもあり、とまどいも多かったです。
短距離の練習しかしてこなかった私にとって、1時間から2時間ずっと走りっぱなしの練習は、死んでしまうんじゃないかと思うくらい辛い時期もありました。
チームでは初心者なのに年長組だったので10歳以上年下の子たちに教えてもらうことや、時には怒られることもありました。それらの経験は、ラグビーをしなければできなかったことで、私にとって貴重な経験でした。
29歳目前に陸上へ復帰
30歳もすぐそこ、29歳を目前にした2018年12月に陸上競技に復帰しました。厳しい声をいただくことになるだろうとは予想していたし、誰も上手くいくだろうなんて思っていないだろうとも思っていました。
一度捨てた場所に、6年かけて戻るなんて、私が一番信じられなかったし、怖かったです。ましてや20歳のときの私は、いったん陸上を辞め、もう一度陸上へ戻って29歳で日本新記録を出し、世界陸上へ出場することも予測していなかったと思います。
20代はさまざまな経験をした大忙しの10年間で、後半は怒涛のように過ぎ去っていきました。ただ、こう振り返って考えてみると、どの選択も間違ってはいなかったなぁと思います。
陸上選手としてだけ考えてみると、いろんな人に迷惑をかけ、ずいぶんな遠回りをした10年間ですが、私の人生すべてを通してみると、たくさんのことに触れ、多くの出会いがあり、大きく成長できた20代でした。
そして、東京で開催されるオリンピックがある2020年から始まった私の30代。これからの10年は、私のライフステージがもう一段階、二段階と変わる期間になるはずですが、トップレベルのアスリートとして活動できるのは、あと10年はありません(40歳までトップで走っていたら心から褒めてください)。
選手として、お世話になった方に“走って恩返し”できるという意味では、今年の東京オリンピックは絶好の機会となりますし、なんといっても小さいころからの私自身の夢でもあります。
恩返しと自分の夢を同時に叶えられるように、30代の最初を最高のものにできるよう、まずは日本選手権までの約6ヶ月間、そしてオリンピックまでの期間を大切に過ごしていきます!
[プロフィール]
寺田明日香(てらだ・あすか)
1990年1月14日生まれ。北海道札幌市出身。血液型はO型。ディズニーとカリカリ梅が好き。会いたい人は、大谷翔平と星野源。小学校4年生から陸上競技を始め、小学校5・6年時ともに全国小学生陸上100mで2位。高校1年から本格的にハードルを始め、2005~2007年にはインターハイ女子100mハードルで史上初の3連覇。3年時には100m、4×100mリレーと合わせて同じく史上初となる3冠を達成。2008年、社会人1年目で初出場の日本選手権女子100mハードルで優勝。以降3連覇を果たす。2009年世界陸上ベルリン大会出場、アジア選手権では銀メダルを獲得。同年記録した13秒05は同年の世界ジュニアランク1位だった。2010年にはアジア大会で5位に入賞するが、相次ぐケガ・病気で2013年に現役を引退。翌年から早稲田大学人間科学部に入学。その後、結婚・出産を経て女性アスリートの先駆者となるべく、「ママアスリート」として、2016年夏に「7人制ラグビー」に競技転向する形で現役復帰した。同年12月の日本ラグビー協会によるトライアウトに合格。2017年1月からは日本代表練習生として活動した。2018年12月にラグビー選手としての引退と陸上競技への復帰を表明。2019年シーズンから競技会に出場し、6月に日本選手権女子100mハードルで9年ぶりの表彰台となる3位に入り、7月には100mでも自己記録を更新。8月には19年前に金沢イボンヌ氏が記録していた日本記録13秒00に並ぶと、9月1日に「富士北麓ワールドトライアル2019」で史上初めて13秒の壁を突破し、12秒97の日本新記録を樹立。カタール・ドーハで開催された「世界陸上」に出場。再び陸上競技選手として、2020年東京オリンピックを目指す。
◎所属企業:株式会社パソナグループ
◎主な記録:100mハードル日本記録保持者(12秒97)/100mハードルU20日本記録保持者(13秒05=2009年世界ジュニアランキング1位)/100mハードル日本高校歴代2位(13秒39)/100m:11秒63
【今後のスケジュール】
2020年2月1日(土) 2020日本室内陸上競技大阪大会@大阪城ホール ▶詳しくはこちら
2020年3月1日(日) スポーツポテンシャル測定会@東京都板橋区
2020年4月29日(水)第54回織田幹雄記念国際陸上競技大会
2020年5月10日(日)セイコーゴールデングランプリ陸上 2020 東京
2020年6月25日(木)~28日(日)第104回 日本陸上競技選手権大会
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<Text&Photo:寺田明日香/Photo:Shizuka Minami(ラグビー写真のみ)/Edit&Photo:アート・サプライ>