2020年9月10日

声援はスポーツを彩る主役のひとり│連載「甘糟りり子のカサノバ日記」#52

 アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニス、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。

 スポーツにおいて、観客やファンの存在はとても大きいもの。プロ、アマを問わず、無観客での開催が続くスポーツですが、だからこそ、アスリートに送られる声援について、甘糟さんが実体験をもとに綴ってくれました。

あの体験で実感したのは声援のパワーです

 先日、なつかしい友人がうちに遊びにきてくれました。かつて、アディダスカップというテニスの大会に出場経験があって、その時のダブルスのパートナーです。かれこれ15年以上前のこと。秋の大会を目指して、ひと夏丸ごとテニスの練習をしていました。お互い仕事をしながら時間を合わせ、コーチやヒッティングパートナーに付き合ってもらい、毎日コートに立っていたのです。いやー、なつかしい。

 鎌倉の地ビールを飲みながら、昔話に花が咲きました。彼女いわく、なんでも私は、自分より下手な人とパートナーを組みたいといって誘ったんだとか。そんなひどいことをいっていたなんて驚きました。それも、自分の記憶にはまったくないのがおそろしい。恐縮する私に、彼女は笑いました。

「ああいってくれてから、気軽に組めたのよ。期待されてないんだったら、リリちゃんに乗っかろうと思って。あの頃、私彼と別れたばっかりだったしね」

 心の広い人だなあ。涙。あつかましくも、自分の友達を見る目に改めて自信を持っちゃいました。

 結果は1回戦敗退。カジュアルな大会で、通常のテニスと違い8ゲーム先取で勝敗が決まるルールだったのですが、8−1で完敗でした。もともとリゾートテニスに毛も生えないようなレベルではありましたが、まったく実力が出せなかったという気持ちは今でもあります。試合の序盤はサーブの時もストロークの時も手が震えました。試合ってあんなに緊張するものなんですね。まあ、緊張で実力を出せないことも含めての実力なんでしょうけれども。

 あの体験で実感したのは声援のパワーです。

 アディダス関係者やコーチやそれはもういろいろな人を巻き込んでの出場で、みんなが応援に来てくれました。週末にわざわざ有明に足を運んで、短い(と予想される)試合を見にやってきたのです。

 最新の揃いのウエアにサングラス、見かけはグランドスラム並みに固めているのに、どたばたと走り回る私たち。ずっと押されっぱなしでしたが、ポイントを取られれば、「次、返そー!」「ドンマイ!」と檄を飛ばし、ポイントを取ろうものなら空まで届きそうな歓喜の声を上げてくれる知人友人たちのおかげで緊張もほぐれていきました。

 終盤になんとか1ゲーム取った時は、まるで優勝したのかと思うほどの騒ぎ。今にして思えば、相手のチームは不愉快でやりにくかったことでしょう。見かけだけバッチリ決めて、肝心のテニスはさっぱり、なのに大量の声援。ほんと、すみません。あの時は自分たち以外のものは見えていなかったもので。

 私はもともと、まったく体育会気質ではないし、正直いってむしろそういうものが苦手なたちです。無理やりな前向きを言語化するのも好きではない。でも、ああいう場面では時としてそれも必要なものなんだなあと学びました。なんでもかんでも皮肉屋を気取っていては、わからないことってありますね。

 さて、今、ニューヨークではテニスの全米オープンが行われています。朝晩、WOWOWで中継を見ております。もちろん、コロナの影響で無観客。声援はありません。テニスはもともと、サッカーや野球のように絶えず応援の声が鳴り響くようなスタイルではありませんが、それでもやっぱりさびしい。際どいプレーの後のどよめきも、ナイスショットの後の歓声も拍手もないなんて。

 アマチュアの試合だろうが、最高峰の大会だろうが、声援は BGMなんかじゃなくて、主役の一つ。そんなことを感じました。

[プロフィール]
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
神奈川県生まれ、鎌倉在住。作家。ファッション誌、女性誌、週刊誌などで執筆。アラフォーでランニングを始め、フルマラソンも完走するなど、大のスポーツ好きで、他にもゴルフ、テニス、ヨガなどを嗜む。『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』のほか、ロンドンマラソンへのチャレンジを綴った『42歳の42.195km ―ロードトゥロンドン』(幻冬舎※のちに『マラソン・ウーマン』として文庫化)など、著書多数。GQ JAPANで小説『空と海のあわいに』も連載中。近著に『鎌倉の家』(河出書房新社)『産まなくても、産めなくても』文庫版(講談社)

《新刊のお知らせ》

幼少期から鎌倉で育ち、今なお住み続ける甘糟りり子さんが、愛し、慈しみ、ともに過ごしてきたともいえる、鎌倉の珠玉の美味を語るエッセイ集『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)が発売中。

⇒Amazonでチェックする

<Text:甘糟りり子/Photo:Getty Images>