2021年6月8日

分断はさらに深刻になる。ほんとに強行するの?│連載「甘糟りり子のカサノバ日記」#60

 アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニス、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。

 今回は、東京オリンピック・パラリンピックについて。

運動会中止、五輪開催。説明できるの?

 こういうことを書くといろいろ揚げ足を取られるんでしょうけれど、ここ最近、日本国民でいることが怖くなってきました。あまりにも私たちの暮らしや安全、ひいては人生や命が軽んじられているように思うのです。国民はオリンピック・パラリンピックを強行開催するための捨石じゃないよ。

 尾身茂さんは、曲がりなりにも政府の「新型コロナウイルス感染症対策分科会」の会長ですよね。その尾身氏が「今の状況でやるのは、普通はない」といっています。五輪開催時には新たな人の流れが生まれると分析して、「スタジアムの中だけのことを考えても、私はしっかりした感染対策はできないと思う」と発言しました。それを田村憲久厚生大臣が「自主的な研究の成果の発表」といい、自民党幹部は「言葉が過ぎる」といったそうです。発言した幹部、名前を明かして欲しい。この方々、何様なんでしょうか。言葉が過ぎるって、尾身氏を自分たちの家臣かなんかかと勘違いしているようです。大河ドラマじゃあるまいし。

 正直いって、尾身氏は政府御用達、今まで政府に都合が悪くならないよう言葉を選んでいる印象がありました。その人が開催を「普通はない」とまでいうのですから、よほどヤバいと感じているんでしょうね。それでも、政府はまったく聞く耳を持たない。丸川珠代五輪担当大臣に至っては「全く別の地平から見てきた言葉」とまで切り捨てました。こっちが言いたいです、あなたの言葉は理解できない、と。小学校の運動会が軒並み中止となっている最中に、なぜ強引にオリンピック・パラリンピックだけを開催しなければいけないのか、理由を説明できるのでしょうか。

 飲食店には一律に時短と酒類提供の自粛を強いておきながら、選手村は酒の持ち込みが許されるというのも理屈が通りません。コンドームの配布も行われるそうです。選手村は家族と暮らす自宅ではないですよね。選手の交流のためだというけれど、その交流が濃厚接触につながり、その中から感染が生まれるであろうことは明らか。誰が考えたってわかります。

 台湾は東京五輪の野球最終予選への参加を辞退しました。日本のビーチバレーでは、パートナーの選手がコロナ陽性となったことで、選考対象の大会を棄権した選手もいます。こんなことはこれからもっと起こるでしょう。強行開催されたら、大会中にだって起こり得ます。テニスや野球、サッカーなどプロスポーツとして確立されているジャンルでは特に、感染が収まっていない日本への渡航をしない選手も少なくないかもしれません。不完全な状態で獲得したメダルの価値は、果たして他の大会のそれを同じといえるのでしょうか。

 JOCと日本の政府側は、オリンピック・パラリンピックが始まってしまえば、世間は試合結果に一喜一憂してゴタゴタを忘れるだろうと思っているのでしょう。大衆なんてそんなもん、となめているはず。私、被害妄想が強過ぎるでしょうかね。どんなに微力でも、反対の声を上げ続けたいと思います。

 IOCのトーマス・バッハ会長は「実現には多少の犠牲を払わなければならない」といい、同ジョン・コーツ氏は「例え緊急事態宣言下でも開催する」といい、同ディーク・パランド氏は「アルマゲドンでも怒らない限り、東京大会は実現する」といっています。大会に関連して新たな変異株が日本に持ち込まれて感染拡大したところで、彼らにとっては対岸の火事なのでしょう。大会が行われないと継続が難しいマイナー競技もあるという声も読みましたけれど、そのために日本国民の暮らしや命が犠牲にならなければいけないのでしょうか。

 報道番組では「国民の6割が開催に反対している、延期すべきという声2割を含めると実に8割以上が反対だ」なんてニュースの後に、代表に決まった選手の感動秘話かなんかを流したりします。まるで開催されることが前提ですよね。というか、もしかして洗脳しようとしてません? 世間を。報道番組なら選考結果だけを知らせればいいのではないでしょうか。

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長は「コロナで分断された世界をスポーツの力で一つにすることがオリンピック・パラリンピックの役割」といったことを話されていましたけれど、開催されることによって分断はさらに深刻になると思います。もはや「平和の祭典」というフレーズが喜劇のようにしか響きません。

 もし強行開催されたとしても、試合は極力見ない、結果等を話題にしないことを心がけたい。選手の方々には本当に申し訳ないですが、国民も抗議の意思を表すべき。オリンピック・パラリンピックで盛り上がらないことも意思表示です。もう一度書きますけれど、国民はオリンピック・パラリンピック強行の捨石ではありません。そもそも復興五輪とかいっていたけれど、復興はどこにいったのでしょうか。

[プロフィール]
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
神奈川県生まれ、鎌倉在住。作家。ファッション誌、女性誌、週刊誌などで執筆。アラフォーでランニングを始め、フルマラソンも完走するなど、大のスポーツ好きで、他にもゴルフ、テニス、ヨガなどを嗜む。『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』のほか、ロンドンマラソンへのチャレンジを綴った『42歳の42.195km ―ロードトゥロンドン』(幻冬舎※のちに『マラソン・ウーマン』として文庫化)など、著書多数。GQ JAPANで小説『空と海のあわいに』も連載中。近著に『鎌倉の家』(河出書房新社)、『産まなくても、産めなくても』文庫版(講談社)。

《新刊のお知らせ》

幼少期から鎌倉で育ち、今なお住み続ける甘糟りり子さんが、愛し、慈しみ、ともに過ごしてきたともいえる、鎌倉の珠玉の美味を語るエッセイ集『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)が発売中。

<Text:甘糟りり子/Photo:Getty Images>