2018年12月6日
仙女ウルトラマラニックで知った、震災復興地のいま(後編) (2/3)
震災被災地の今を知る
松島以降は、今もなお復興作業が続いている被害の多かったエリアを通ります。整備中の道路や工事現場などを目にすると、まだまだ復興までは時間がかかるのだと痛感させられました。以前は民家があったと思われる海の近くに、今は民家などありません。
東松島にある「旧野蒜駅」。当時のまま残されており、電柱が倒れるなど津波の凄まじさを感じられました。さらに資料館が併設されていて、中では当時の映像やパネル展示などを見ることができます。
津波を受けてボロボロになった券売機。資料館の入り口に展示されていました。
放映されていた当時の映像を観るランナー。映像には、まさにこの資料館のある野蒜付近の模様が映し出されます。改めて走ってきた道を思い返すと、その場にいなかった私でも、当時の様子が生々しくイメージできました。
石巻では、旧北上川に新しく大きな道路が作られているところでした。きっと次に走るときには完成して、景色が変わっていることでしょう。
そして、ゴールの女川。女川は駅前にたくさんのお店が並び、とてもキレイに生まれ変わっています。しかし震災前の女川を知る方々は、「こんなに変わったのか」と驚きを隠せない様子でした。女川は復興のトップランナーと呼ばれるほど復興作業が進んでいますが、その分だけ被害が甚大ではなかったということ。駅前はキレイですが、周辺にはまだまだ整備されていない工事中の場所がたくさんあります。この町も、きっとどんどん変わっていくことでしょう。