2020年10月19日

挑戦に年齢は関係ない。72歳ランナーのドキュメント『無我夢中 〜72歳の7大陸マラソン挑戦記〜』│スポーツがしたくなる今月の1冊

 ランニングを始めたキッカケに、本を挙げるという方はどれほどいらっしゃるでしょうか。本は、ただノウハウなどを学ぶためのツールではありません。フィクションの世界を疑似体験したり、見知らぬ誰かの人生を垣間見たりすることができます。

 今回ご紹介する『無我夢中 〜72歳の7大陸マラソン挑戦記〜』(著者:河本 三紀夫 阪本 マキ/出版社:文芸社)は、あるランナーの挑戦記。私は本著を読み終えたとき、とても胸が熱くなり奮い立ちました。おそらく本連載をご覧いただいた方にも、走るキッカケ、あるいはモチベーションに繋がる何かを得ていただけるものと思います。

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66歳から始まった果てしない挑戦

 本著のタイトルは『無我夢中』。しかしそこには、『〜72歳の7大陸マラソン挑戦〜』というサブタイトルが添えられています。このサブタイトルから読み取れる通り、本著は72歳にして7大陸マラソンを制覇した著者の挑戦が綴られたものです。

 ダイエットのために走り始め、66歳にして初めてフルマラソンを完走。そこから著者の驚くような挑戦が始まりますが、決して楽な道のりではありません。私からすれば、66歳という年齢で初フルマラソンを走ろうと思うことさえ驚いてしまうところ。しかしその年齢から、健康状態も常に良好というわけにはいきません。本人の苦悩・苦難はもちろん、挑戦の裏側には家族愛があり、本著はランニングのみならず人生そのものを考えさせられる作品となっています。なお、本著は河本三紀夫さんご本人だけでなく、娘である坂本マキさんとの共著です。2人の視点から書かれているため、とても臨場感あふれる内容となっています。

 河本さんの制覇した7大陸は「北アメリカ」「アジア」「ヨーロッパ」「オセアニア」「南アメリカ」「アフリカ」「南極」。しかし、何年も掛けて達成したわけではありません。マラソンを始めてから2014年までの間は国内の大会を走り回り、初めて海外レースに出場したのは同年11月。このとき年齢は71歳となっており、それから約1年という短期間で、河本さんは7大陸を走破したのです。ちなみに、7大陸目となった南極では『南極アイスマラソン』を走り、過去最高齢での完走を果たしています。

 南極という環境だけでも想像すらできない世界にも関わらず、1年という短期間、そして71・72歳という年齢での7 大陸制覇。本著を読めば、こんなことを感じるのではないでしょうか。

「挑戦するのに遅いということはない」
「挑戦に年齢は関係ない」

 そして河本さんにとってのランニングという出会いのように、何か1つのキッカケが、その人の人生を大きく変えうるのだということを痛感します。

細かな描写と写真で本の世界に引き込まれる

 本著では、最初に色鮮やかな数々の写真が登場します。それらの写真は、河本さんご本人が走ってきた軌跡。レースの様子や景色などが続き、見ているだけでその壮大な世界に引き込まれそうです。

 さらに書籍内では、ところどころに文章と関連する写真が挿入されています。ここでも登場するのは、レースの様子やコース、景色といったもの。しかし文章だけではリアルに感じきれない部分が写真によって上手く表現されており、読みやすさを高めているようです。特に印象的なのは、河本さんご本人が走られているシーンの写真。どのレースも懸命であり苦しい場面もあったはず。しかしその表情からは、どれも満足感・達成感、そして喜びが伺えます。

 また、文章全体がとても読みやすい点も特徴的。ご本人や周囲の人々の心境が見事に描写されており、まるで私自身もその場にいるかのような感覚で読み進められます。それはきっと、著者の見たこと、そして感じたことが素直にそのまま書き綴られているからではないでしょうか。時間を忘れて読み続けてしまい、途中で本を閉じると続きが気になって仕方ない。こうして記事を書いている最中にも、皆さんにいわゆる“ネタバレ”をしてしまいたくなるほど、本の世界に引き込まれ、心が影響を受けています。

「チャレンジしてみたいことがあるけど、一歩が踏み出せずにいる」
「走ることに飽きてきた、あるいは目標を見失ってしまっている」
「年を重ねるごとに自分に自信が持てなくなってきている」

 そんな方は、ぜひ一度本著を手に取ってみてください。72歳での7大陸制覇という偉業。その信じられない挑戦を目の当たりにするだけで、おそらく自分のランニングライフ、あるいは人生そのものを見直すキッカケになるでしょう。驚きと同時に、感動、そして学びのある一冊です。

[筆者プロフィール]
三河賢文(みかわ・まさふみ)
“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かし、中学校の陸上部で技術指導も担う。またトレーニングサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室、ランナー向けのパーソナルトレーニングなども行っている。3児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表。
【HP】http://www.run-writer.com

<Text:三河賢文/Photo:Getty Images>