両親から愛されて育った人とそうでない人、どんな違いがある? (3/4)
「愛されて育った人」と「そうでない人」日常の行動にあらわれる違い
ここまで読んで「具体的にどう違うの?」と思った方もいるでしょう。ここでは、日常のちょっとした場面で見られる行動の違いを見ていきます。
人との距離感の取り方
愛情を受けて育った人の場合
初対面の人とも、適度な距離感で自然に接することができます。「この人とはもう少し仲良くなりたい」「この人とは仕事上の付き合いでいい」といった判断を、直感的に行えます。
相手が距離を詰めすぎてきたら「ちょっと距離が近いな」と感じて調整できますし、逆に親しくなりたい相手には、適度に自己開示をして関係を深めていけます。
愛情不足で育った人の場合
人との距離の取り方に常に迷いがあります。「どこまで踏み込んでいいの?」「これは失礼じゃない?」と不安になりやすく、極端に遠慮しすぎたり、逆に一気に距離を縮めようとしたり。
相手の反応を過度に気にして、「嫌われたかも」「変に思われたかも」と一人で悩むことも多いでしょう。また、親しい人に対しては「見捨てられるのでは」という不安から、束縛的になったり、試すような行動をとったりすることもあります。
ケンカや衝突のあと。すぐ仲直りできるか、引きずるか
愛情を受けて育った人の場合
意見の衝突や喧嘩があっても、比較的早く修復できます。「意見が違うこともある」「怒ることと関係を切ることは別」という感覚があるからです。
冷静になったら「さっきはごめん」と素直に謝れますし、相手からの謝罪も受け入れやすい。一時的な衝突が、関係全体を壊すものだとは考えません。
愛情不足で育った人の場合
ちょっとした衝突でも、「もう終わりだ」「嫌われた」と極端に考えがちです。幼少期に、怒られることが「愛情の撤回」を意味していた経験があると、衝突=関係の終わりと結びつけてしまうのです。
謝りたくても「どう謝ればいいかわからない」と悩んだり、謝ることで「自分が全部悪いと認めることになる」と恐れたり。
あるいは逆に、必要以上に自分を責めて「全部私が悪い」と過剰に謝罪することもあります。衝突後の気まずさが長引き、関係修復に時間がかかりやすいのです。

お願いや断りの言葉。さらっと言えるか、言い出せないか
愛情を受けて育った人の場合
「ちょっと手伝ってもらえる?」「ごめん、今日は無理なんだ」といった言葉を、自然に口にできます。頼むことも断ることも、相手との関係を壊すものだとは考えていません。
もちろん状況や相手によって言い方は変えますが、基本的には「言葉にしないと伝わらない」「伝えることは悪いことじゃない」という感覚があります。
愛情不足で育った人の場合
助けてほしくても「迷惑じゃないかな」「断られたらどうしよう」と考えすぎて、なかなか言い出せません。ギリギリまで一人で抱え込んで、限界を超えてから泣きながら頼む、なんてこともあります。
逆に断るのはもっと難しく、「断ったら嫌われる」という恐怖から、無理な依頼でも引き受けてしまいます。
どうしても断らなければならないときは、過剰に謝ったり、長々と理由を説明したり。「NO」の一言が、とてつもなく重く感じられるのです。
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