インタビュー
2019年8月17日

大東駿介が語る、ゼロからイチを築いた五輪アスリートを演じる決意。「敗北の先に進むことって、すごいロマンだなと思うんです」│『いだてん』インタビュー (2/5)

見事に仕上げた筋骨隆々の肉体、どうやって鍛えた?

―― トータス松本さんも「大東さんは身体が筋骨隆々だった」と仰っていた。どんな風に鍛えたんですか。

撮影が始まる前から、食事に気を付けました。クランクインは1月の後半で、その2か月くらい前から食事を過剰に摂っていきました。夜中にステーキを食べ、米も2、3合を。1日7食をフルで食べました。もともと食べるのは好きだったんで、苦じゃなかったんですが。それで1回、無闇やたらに増量しまして、そこから先はウェイトトレーニングですね。

こういうのは恥ずかしくて言うのが嫌なんですが、週7でジムに行ってましたね。あまり鍛えすぎはよくないって言われますが、今回は鶴田さんというモデル像があった。そこで毎日、違う部位を鍛えていきました。オリンピックというものが、自分の中で変な引き金になっちゃったんですよね。もちろん大人なので、毎日やれば良いものではないというのは分かった上で、「昨日は足を鍛えたので、今日は足が休んでいる間に他を鍛えられる」というように、胸、背中、肩、順番に鍛えてたら、本当に1週間、毎日ジムに行ってて。

仮にこれで失敗しても、「オリンピック選手もトレーニングに失敗することだってあるさ」と。それでも試合の日は訪れてしまうんです(笑)。そんな気持ちでやりました。自分の仕事のスタンスって「尊敬」が後押ししてくれるんですよね。アスリートに対する、そして第一人者に対する尊敬。何事も0を1にした人間には敵わないんです。僕はそれを演じるだけ。“だけ“って言ったらあれですけど、ご本人ではない。だからその時間は、それ以上のモチベーションで、それ以上の熱量で、という気持ちでいました。ちょっと馬鹿なんですかね(笑)。本当に自分は単純で得したな、と思える期間でした。

―― 肉体改造をする上で、くじけそうになったことはありましたか。

最初の頃は、ずっとくじけてましたね。もう本当にプールに行くのが嫌だったし、悔しいと言うか情けないんですよ。先生に言われていることが身体で表現できないということが。でも辞めることは許されない。ドラマを降りちゃったら――。

初めてフルマラソンを走ったときにも「歩かない」っていう目標を立てたんですね。歩きたいタイミングなんて山ほどあるんですが、それをしちゃったら、自分の人生でそういうタイミングが来たときに歩くんちゃうかなと思って。すぐに自分の人生に重ねちゃう。

今回もそれがあった。だから何も見えない自分のこの先のわずかな変化を信じるしかなかった。昨日より、水をかけているかもしれへん。かすかな、かすかな実感をちゃんと感じ取って、それが10日経ったら、小さな進歩に変わっている。その経験を積み重ねていく。これまで自分は大雑把に生きてきたので、かすかな変化を見つめられた、自分と向き合えた期間になりました。良い経験になりました。

「できひん」って手っ取り早い表現やなって思う。できない、って思っているのは脳みそだけで、身体は意外と何も考えていない。むしろ下請けじゃないけど、「待ってくれるんだったらやるよ」というスタンスで身体はいてくれている。時間はかかるけどって。だから、それだけを信じました。

ネガティブなことの後追いをしても仕方ない

―― 水泳チームは仲が良く、撮影現場も良い雰囲気だったと聞いています。

身体を動かすことって、アドレナリンが出るので、みんながみんな前向きなんですよね。それが良いなって思いました。目に見えて頑張っている人間のことを、誰も否定できない。とても良い現場だったな、と思います。チームには「第2部」っていう、積み重ねてきたもののバトンを受け取る責任もありました。私も単純に、『いだてん』は視聴者としてもいちファンやったし。

これはちょっと話がずれますが、監督と食事をしているときに、「このドラマはみんな失敗していくんだ」と言われました。主人公が挫折したり、失敗していく。それでも前に進んでいく。それがすごくいまの日本に欲しいと思うし、いまの自分に欲しい。自分に対してもよく思うんですが、ネガティブなことの後追いをしても仕方ないんです。『いだてん』でも登場人物が「日本に明るいニュースを」っていうことで血眼になっているんですよね。でも失敗しちゃうんですが、でもやっぱり、それが次の時代に残した功績は大きい。

僕はこの作品が大好きなんです。だから自分も失敗を恐れない。自分の身体よ頑張れよと、どうなるか知らんけど頑張れよと言い聞かせながら。撮影中には、思い切った決断がいろいろできました。『いだてん』に出演していない貴一さんの話ばかりになっちゃうんですが(笑)、貴一さんがあのときおっしゃってくれたことがよく分かる。大河ドラマって日本の歴史、ロマンですよ。それを自分たちが噛み締めて進める、最高の舞台だと思っているので、それを実感しながら撮影にのぞみました。楽しかったなぁ。僕、もうオールアップしちゃったんですけど、本当に素晴らしい作品に携わらせてもらったな、と思います。

肝心なのは、そこでやめるか、やめへんか

―― ロス五輪のとき、田畑政治は鶴田と高石(高石勝男、日本水泳界の大スター。演:斎藤工)を踏み台にして若手を育成しようとしていました。

そこは自分の経験から想像することも多くて。僕も順風満帆じゃないし、敗北を感じてきたこともあります。何をもって「勝ち」「負け」か分からないですけど、悔しい思いはたくさんしてきた。でも腐ったことはなかったんです。自分の人生を思い返したときに、失敗して得たことの方が限りなく多い。肝心なのは、そこでやめるか、やめへんかだと思っています。まさに今回、鶴田さん、高石さんにそれを改めて教えてもらった。

自分がとんでもない失敗をして、みんなに大笑いされて辛い思いをする、敗北を感じる。そんな経験のあとは、ほかにそういう奴がいたら、絶対にそんな思いをさせたくないなと思う。敗北、辛い経験っていうのは、それでも前に進む決心をしたときに、後の誰かのためになる。現に、あの人たちは諦めなかった。

ところで鶴田さんは、とんでもなく図太い人間だったんですって。例えば、小池礼三(演:前田旺志郎)っていう若い選手にずっと負け続けていた。でも小池の若さは記録の面ではポジティブな方向に影響しましたが、メンタル面ではネガティブな方向にも影響してしまった。その点、鶴田さんはメンタルが強かった。アスリートにとってメンタルって、結果にダイレクトに影響する重要なことなんですよね。

2020年にオリンピックがありますけど、見方が変わりますよね。この人ら、この舞台にどんなメンタルで臨んでんねんやろって観点で見てしまう。まず、そこだけですごい。僕たち俳優も見られる仕事をしてますけど。

ああいう、敗北の先に進むことって、すごいロマンだなと思うんです。自分は、そういう生き方を選びたいと思います。誰かにどうとか思わないですけど、自分は敗北の先に進みたい、その先の景色が見たいなと実感しました。

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