インタビュー
2019年12月12日

VFX技術ナシでは実現できなかった『いだてん』の世界観。尾上克郎×井上剛×結城崇史が語る制作の裏側とは (3/3)

―― 時代劇でもVFXは用いられていますが、難しさに違いはありますか。

[尾上]
やはり近現代の話になると写真や映像資料が豊富に残っていることでしょうか。時代劇は江戸末期以前だと、見た人もご存命ではないし、写真も無い時代です。極端な話、現代物が映っていなければ許されるんですよ。でも近現代は資料が残っているし、実際に見た方経験した方がまだいらっしゃったりもしますから、あまり大ウソがつけない。かといって資料通りに再現してもドラマとしては面白いとは言えないし。

[井上]
僕これ最初、企画を立てているときも、脚本として読んだ時も、これじゃワンカットも撮れないと思ったほどです。こんなドラマ作りのフォーマットなどどこにもない。ロケで撮れるものには限界がある。どこに行っても、必ず現代の人工物がありますし。新橋のシーンだって、いまSLは大井川鐵道にしかないので、そこで撮るしかないわけです。でも周りは山だし、どうやって新橋駅周辺の賑わいを表現したら良いのか。ほとんど神頼みの心境です(笑)

[尾上]
あと大変だったのは、羽田のオリンピックマラソン予選会のときですね。現代の街なかでマラソンシーンを撮ったので、作業量が多くて多くて。そこに雨が降ったり晴れたりね。困ったことにHDRなので、ディテールまでハッキリと写っちゃうから、誤魔化しがきかない。

[井上]
特撮映画ならぬ特撮ドラマですね。特撮がなかったら絶対に撮れなかった。はじめは屋外ロケも多かったんですが、慣れてきたら、スタジオにグリーンバックを置いて撮影する機会も増えました。役者が慣れてきたのでできるようになったんです。最初からスタジオ撮影になると厳しいものがある。でも、役者がやっていることを理解できれば、スタジオでもそれらしいお芝居が可能になります。

[尾上]
「この通りの先に、浅草十二階が建っているつもりで演技をしてください」なんて言いながら(笑)。実際には何もないところを見上げてもらって。役者さんにとってもイメージが湧きにくくて難しいところですね。

[井上]
僕のカメラは、向こうに浅草十二階が建っている体で、それに近づいたり、あおりで撮影したりしました。

―― そのときカメラは、CGの動きを計算しているんでしょうか。

[尾上]
大雑把です。「浅草十二階はこれくらいの大きさに見えたはずですよ」という感じですね(笑)井上さんが撮ったまんまの映像に十二階を合成しています。お芝居のカメラの自由な動きに僕らが合わせます。面倒くさいですよ。

[結城]
カメラは手持ちで動いています。3Dトラッキングって言って、XYZ軸上でどうカメラが動いたか、データ化するんですね。そのデータにCGを合わせると、実写で撮った絵と同じ動きになるので、それを合成してなじませます。

[尾上]
4KHDRは高画質だし、細かいデータが記録されますから、トラッキングやマスクはとりやすいというのはありますね。普通なら白飛びしちゃっている部分でもデータが残っていたりする。なので、後からリカバーできることも多くて、便利なところもあります。

「ほかの現場で監督もしている尾上さんだから、うまくいった」(結城)

―― どのようなときにVFXを使いたくなりますか。

[井上]
自分の想像がおよばないときに、ヘルプ~って感じです(笑)。絵が見えてこないんですけど、どうしましょうというとき。大雑把な線引きですが、規模感、ダイナミックさ、熱狂を生み出したいとき。スタジアムが出てきたり、大群衆となったらお願いするしかない。

「こんなんだったら、もっと別の手法が良かったのに」ということもあるのかもしれない。だから最初はビクビクしていたんです。でも僕としては、いかにもCGな感じにしたくなくて、適度にリアリティがありながら、ファンタジーも欲しかったんです。

[尾上]
井上さんと話しているうちに、そんなこと考えているんだろうなということが分かってきました。僕に求められてるのは技術的なこと以上に、感覚的なところなんだろうなと。そこで自分なりに解釈して画にしてみて、あとは良いか悪いか判断してもらうしかない。

[井上]
自分の中に壮大な夢はあった。けれど、夢でしかなかった。ほんとにVFXチーム凄いです。『いだてん』後、明らかにドラマ映像の考え方は次の次元に進むと思います。

[結城]
これは僕の個人的な考えですが、VFXのスーパーバイザーって、大きな役割としては技術的なソリューションを監督に提案することがあります。でも尾上さん自身がほかの現場で監督もされていて、演出家としての目線も持っている。だから、そのあたりのクリエイティブな要素を含んだ形で井上さんとキャッチボールできている。それが、『いだてん』のVFXがうまくいっている要因だと思います。

[尾上]
良いこと言う。今度、何かおごりますね(笑)。

―― 最後に、最終回のVFXの見どころを教えてください。

[井上]
なんといっても国立競技場です。ロケはスタジアム2か所と、セットも立てて、ほとんどのショットにVFXの威力が発揮されてます。その再現性しかり、そのスケールも圧巻。これでもかと技が繰り広げられます。最後にはVFX映像で泣けます!

さらにすごいのは、国立まわりの外苑の並木道などのシーンや聖火リレーのシーンなどにも(千葉で撮ってますが)、近くに国立競技場の外観が合成されています。これがどんな効果を生むかというと、そうすることで国立の興奮や雰囲気がここまで伝わるように感じられるということです。ドラマのテンションが途切れないということです。これがあるなしでは全然ドラマの質が変わります。なかなか難しいことです。

あとはオーラスにも目を見張る映像があらわれます!お楽しみに。

[尾上]
やはり国立競技場の熱狂とラストシーンですね。最終回の脚本はまさに興奮と感動の大団円で、読んでいて涙が出てきました。でも、VFX的には腰が抜けそうなことばっかりで、正直、今度こそ完成しないかも、とマジで思いました(笑)。でも、ここまできて妥協はしたくない。結果、持ち駒を全部つぎ込んだ総力戦になりました。

一番、気にかけたのは、我々が再現した映像で視聴者のみなさんがあの場所に居合わせたような時間を共有していただければ、ということです。当時の熱狂、興奮をリアルに感じていただければ最高ですね。

<Text:近藤謙太郎/Photo:NHK提供>

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