インタビュー
2019年12月12日

VFX技術ナシでは実現できなかった『いだてん』の世界観。尾上克郎×井上剛×結城崇史が語る制作の裏側とは (1/3)

 日本人初のオリンピアンとなった金栗四三と、1964年の東京オリンピック招致に尽力した田畑政治を描いた、宮藤官九郎さん脚本によるNHKの大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』。ついに、12月15日に最終回を迎えます。

 『いだてん』という物語には、首都高が覆う前の美しい日本橋、当時日本一の高さを誇った凌雲閣(浅草十二階)、1912年のストックホルムをはじめとした近代オリンピックの数々が鮮明でリアルなカラー映像として登場してきました。ここで用いられているのは、VFX(ブイエフエックス)と呼ばれる視覚効果技術。大ヒット映画『シン・ゴジラ』(2016年)でも准監督を務めた尾上克郎さんがVFXスーパーバイザーとなり、『いだてん』のVFXチームを率いています。

 尾上克郎さん、チーフ演出の井上剛さん、VFXプロデューサー/海外制作プロデューサーの結城崇史さんの3名を囲んで行われた合同インタビューをお届け。いかにして『いだてん』という大作のなかでVFXが大きな役割を果たしたのか、そして最終回ではどのようにVFXが活躍しているのか。制作現場のキーマンたちが明かしてくれました。

[あらすじ]最終回「時間よ止まれ」(12月15日放送)
1964年10月10日。念願の東京オリンピック開会式当日。田畑(阿部サダヲ)は国立競技場のスタンドに一人、感慨無量で立っていた。そこへ足袋を履いた金栗(中村勘九郎)が現れ、聖火リレーへの未練をにじませる。最終走者の坂井(井之脇 海)はプレッシャーの大きさに耐えかねていた。ゲートが開き、日本のオリンピックの歩みを支えた懐かしい面々が集まってくる。そのころ志ん生(ビートたけし)は高座で『富久』を熱演していた──。

「頭を抱えて、夜も眠れずに撮ったシーンもあります」(尾上)

―― 『いだてん』では物語が進行する上で、日本橋のシーンが印象に残ります。

[尾上]
まずショックだったのが、第1回の冒頭でした。日本橋が渋滞しているシーンです。NHKさんのことだから、資料映像で済ますだろうと思っていた。でも、ここからドラマが始まっちゃっているんです(笑)。どうしようかな、と思った。今回は、初の4K HDR連続ドラマをうたっている。この超高画質というやつが、VFXにとっては困る要素が多くて……。

このフォーマットでどうやって画を作るか、ノウハウがありませんでした。いつもどおりCGに頼りっきりでは、途中で破綻してしまうだろうし、最後まで仕上がらないかもしれないという恐怖感があった。いろいろ悩んでたら、チーフ演出の井上剛さんからは「CGののっぺりした絵が嫌いなんだよね」なんてボヤキが聞こえてきた(笑)。そんなこと言われたら、もう普通の考え方では太刀打ちできないと思った。

幸い、僕はフィルムの時代から仕事をしていて、ミニチュア撮影のノウハウを持ってましたから、これ幸いに、今までやりたくてもできなかったことに挑戦してみようと思いました。すべてミニチュアに頼るとどうしても”ちゃちく”なってしまうことが多い。そこで動いている自動車や人間、空気感をCGにして、ミニチュアと組み合わせることで生きた街並みを再現することにしました。

[井上]
冒頭で日本橋を描き出すことで、まず『いだてん』における<東京の姿>を魅せたかったんですね。高速道路のかかる前の美しい姿とか。もっと昔にはそこには魚河岸もありました、後に関東大震災で築地に移るわけですが。長い歴史のなかで日本橋は東京の中心地であり、すべての道がここからはじまります。なので『いだてん』でも起点にしようと取り組んだ街です。

[尾上]
いろいろ調べたら、東京でその姿が変わっていないのは、日本橋と皇居くらいだったんです。だから時代の変化を出すのに日本橋は最適だろうと。

[井上]
生粋の東京の人たちが見たとき、どう思うだろうか、という興味はありましたね。

[尾上]
日本橋は有名なランドマークだし、ファンも多い。だから下手なことはできない。かと言って、史実どおりにやっても、ドラマとしてはおもしろいとも限らなくて、通じないこともある。適度に本物で、適度にデフォルメっていう、さじ加減が難しかったですね。

[井上]
第1回を見た人からは「シン・ゴジラを見ているみたい」との声が寄せられました。そのあたり、どうですか。街のミニチュアがオンパレードですもんね。

[尾上]
ゴジラなどの怪獣映画ではミニチュアは1/25スケールのものを使う事がほとんどなのですが、それだと、どうしても細かい描写が難しい部分もあります。今回のミニチュアは1/18スケールという大きなものを準備しました。こう言っちゃ身も蓋もないんですが、大きければ大きいほど本物らしくなって撮影も楽になります、そのミニチュアを太陽光の下で撮ると、よりリアルに見えてきます。僕らの撮影したミニチュアの背景に、井上さんの撮ったお芝居が合成される。よーく見ると、光線の方向とか強さが違うんだけど、それぞれが実際に撮影された素材同士だから、妙にしっくり馴染んで説得力のある画になります。

[井上]
工事現場だけは実写でなんとなく再現しました。土けむりはどのくらいですかね、なんて相談しながら。そこで撮ったものをもとに、今度は福島県のスタジオで、それを踏まえたミニチュアを撮影して。つまり1つのシーンなのに、ダブルで撮影しているわけです。

[尾上]
うまくいったから良いものの、うまくいかなかったらえらいことになっていましたね(笑)。

―― 日本橋周辺の風景は各時代に合わせて、その都度、ミニチュアを組み変えるのでしょうか。

[尾上]
そうです。古いところだと金栗四三や美濃部孝蔵が上京した頃の明治中期頃で、まだ橋の袂には魚河岸が広がっていました。それから大正、関東大震災をはさんで、復興と戦前の昭和、戦中、戦後復興、1964年の東京オリンピック前夜、首都高ができるまで、というようにドラマに沿って区切っています。

井上さんは、どう撮るか分からないんですよ。普通だったら、準備された背景ありきなので、それに合わせて芝居を撮ってもらうんですが、井上さんは絶対にそうは撮ってくれない(笑)。なので、ミニチュアセットをさまざまなポジションで360度全方向くまなく撮影して、お芝居部分のカメラが自由に動き回っても大丈夫なようにしておきました。その素材に、井上さんが撮った芝居部分をはめ込んでいく手法です。

頭を抱えて、夜も眠れずに撮ったシーンもあります(笑)。だいたい1話につき、5、6回は頭を抱えるカットが出てくる(笑)。なんでもできるわけじゃくて、落とし所を見いださなきゃならない。毎回、それを考えるのが大変ではありますね。

「この撮り方は個性が出ますね」(井上)

―― ミニチュアとCGの組み合わせは、最近、多い手法なんでしょうか。

[尾上]
あまりやっていないのでは。部分的にはやってる作品はあると思いますが、ここまで大々的にはやっていないと思います。

[結城]
NHKだと、『精霊の守り人』のシーズン3、ヤズノ砦のところでこの撮影方法をとりましたね。

[尾上]
僕にはこのやり方がしっくりくしますね。CGだけに頼ってしまうと、言葉は悪いですが、誰がやっても同じに見えちゃうんですよねぇ(笑)

[井上]
その点、ミニチュアとCGの組み合わせは、個性が出ますよね。

[尾上]
よく見たら変なところもあるんですけどね。でもどこか味がある。明治、大正、昭和の街感を出していくには、当時と同じように手でつくったものを実際に撮る方が良いのでは、と思っています。個々は歪んでいても、それが繋がって一直線になっていたりする。計算できない陰影とか反射があって、それが気づかないところでうまく味になっている。自然光で撮影すると同じミニチュアでも二度と同じ画は撮れない。これも個性がでる要因かもしれません。

[結城]
自然な空気感が出ますよね。CGだとコンピュータの中で照明をつくっているだけですが、ミニチュアだと僕たち人間を取り巻く太陽光からくる無限の光のもとで撮影できる。それが絵の力になって現れる。

「大河ドラマなので、映画とはまったく違う考え方でやらないと」(尾上)

―― ストックホルム競技場では、どのように撮影したのでしょうか。

[尾上]
これも悩みましたね。はじめに井上さんから「ストックホルムにオリンピック競技場が残っているんですよ」なんて話があった。現地で、日本選手団(金栗四三、三島弥彦)が入場するシーンを撮りたいと。脚本を見れば、詰めかけた観衆が2万人とある。VFXの比重が相当大きいので、かなり早い時期から準備を進めていきました。まず事前にCGで役者の動き、カメラワーク、カット割りをシミュレーションしたPreViz(Pre-Visualization)を西村武五郎監督と作って、これに従って現地で撮影するというやり方です。

ストックホルム競技場は、現在はサッカー場としても使われていて、トラックはアンツーカーに変わってしまっていました。俳優さんが走る地面ごとCGに変えると密着感がなく違和感が出ます。そこで、トラックに砂を撒いてもらうことにしました。当時の記録映像も残っていて、井上さんから「そこは一緒のアングルで撮影したい」と要望もありました。

通常、合成で人を撮影するためには、グリーンバックなどを用意するんですが、広大な競技場では不可能。コストも莫大になるし、そもそもグリーンバックで撮るなら東京で撮っても同じじゃんという話にもなってしまう。まぁ、グリーンバックがあると役者さんのテンションが下がる、というデメリットもありますしね。結城さんとコストについて相談して、結局、人物のマスク(背景と合成するための人物のシルエット画像)は1コマ1コマ手書きでつくることになった。

[結城]
マスクの作業、カメラの動きをトラッキングする作業について、日本国内以外にアジア・欧州の10か国くらいのアーティストにお願いしました。タイムイズマネーの世界なので、少しでも早く作業があがれば、局内のCGチームに渡すタイミングが早まり、絵をつくるための時間が確保できるわけです。

[尾上]
結城さんには、いつも無茶なことばかりお願いするんですが、もうこうなったら、諦めてやるしかないですよね、って(笑)。

―― 映画だと制作時間が確保できますが、大河ドラマは毎週放送があります。仕上げるスピード感はどのくらいなのでしょうか。

[尾上]
放送がスタートするまでは、すこし余裕がありましたけど、始まったらそうは行かない。映画とはまったく違う考え方が必要です。特別なことができる時間、考える時間は、映画に比べるとほぼゼロに等しいので、編集が上がったら速攻で作業を開始、上がったらもう次が始まっている。その繰り返しですね。それに「大河ドラマ」は妥協を許してくれません(笑)。毎週確実に、映画以上に質の高いものを上げなきゃならない。でも、第1部が終わってみると、スタッフみんなのスキルがアップしていて、ノウハウも積み重なっていた。すると、ワンカットの上がりが短くなり、質も上がってきました。

[結城]
ストックホルム競技場のシーンは、制作に時間をかけられました。計画では、最初の段階は打ち上げ花火みたいなものだからコストも時間もかけるけれど、真ん中に入ったら少しギアを緩めようよ、と話していた。でも、いっこうにそのギアが緩む気配がなくて……。

―― 実際にストックホルムで実物の競技場も見てきたのでしょうか。

[尾上]
井上さんらとロケハンで2週間くらい行きました。スタジアムには3日間くらいでしょうか。その時、PreVz用の取材もやりました。スタジアム内も周りの街にも現代物とか映っちゃいけないものも沢山ありましたね。

[結城]
あとは、どこまで作り込むかですよね。例えば、エキストラはたくさん欲しいけれどお金の問題がある。常にそのせめぎあい。競技場の砂も、はじめは半分にしてくれって頼んでいたんです。何十トンとあるので。向こうの業者も困っちゃって、そんなに提供できないっていう話もあったり。

[尾上]
競技場のトラック全面にシートを貼った上にね、その砂を敷いてもらって。

[井上]
アンツーカーのトラック一周分、砂を撒いたんです。現地のスタッフや関係者からは、気でも狂ってんじゃないかって思われて(笑)。

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