「怒り」は体にどんな影響を与える?脳科学から見た、スポーツと怒りの関係(前編) (1/2)
ビジネスをはじめ、スポーツの世界でも注目されている「アンガーマネジメント」。怒りの感情をコントロールして上手に付き合っていくための手法として、社員研修などでも積極的に取り入れられています。
テニスのロジャー・フェデラー選手も1997年より継続的にアンガーマネジメントを学ぶことで、その成績を大きく伸ばしました。国内ではプロゴルファーの片山晋呉選手、元Jリーガーの前園真聖氏なども、アンガーマネジメントを学んでいるようです。
では、そもそも怒りの感情はどのように身体に作用するのでしょう。パフォーマンスを上げるのか? それとも下げるのか? 怒りをコントロールする術を紹介する前に、まずは脳科学の見地から、スポーツと怒りの関係を見ていきます(初出:2017年7月)。
怒りによって肉体のパフォーマンスは向上する
「怒るということは動物の本能なんです。敵に襲われて戦うとき、あるいは逃げるときも全力ですよね。生存するためには絶対に必要な本能です」
そう説明するのは自然科学研究機構生理学研究所の柿木隆介教授。同氏によると人間が怒りの感情を覚えたとき、脳からは「ノルアドレナリン」と「アドレナリン」というホルモンが分泌されているそうです。
「ノルアドレナリンは脳に作用して、怒りの感情をピークに持っていく物質です。別名、“怒りホルモン”などといわれますね。それに対してアドレナリンは身体に作用して、筋肉と心臓の働きを向上させて、身体能力を高めます。人間のすべての細胞が必要とする酸素とブドウ糖は血液で運ばれています。つまり、心拍数が増え、血圧が高まるということは、それだけたくさんの血液が流れるようになるということ。戦うときには身体のパフォーマンスを上げる必要があるので、血圧も脈拍も上がっているんです」
スポーツとは個人競技、対人競技を問わず、基本的に戦いといえます。“身体能力とモチベーションを高めた状態を保つ”という点では、怒りはスポーツにとってプラスの要素として働くこともあるということ。
マンガやアニメで主人公が怒りによってパワーアップする描写がよく見られますが、脳科学の見地からは合理的な描写といえるでしょう。
大切なのは「怒り」と「冷静な頭脳」の両立
「人間が怒ったとき、身体的なパフォーマンスは上昇します。“火事場の馬鹿力”なんて言葉もありますよね。短距離走やボクシング、レスリングなどには有効に働く面もあるでしょう。ただし、駆け引きが必要なときに、怒りっぱなしでいるのもよくありません。冷静さを欠いて負けるなんてことは、どのスポーツでもよくあります」
柿木教授が説明するように、長距離走で怒りに身を任せて序盤から飛ばしてしまったら、すぐにバテてしまうのは必至でしょう。勝負の際に感情のおもむくままに動くだけでは、相手にスキを突かれて負けてしまいます。
怒りの感情は身体能力にはプラスに働く一方で、冷静な判断を下す脳にとってはマイナスになってしまいます。つまり、肝要なのは“怒り”と“冷静な頭脳”を両立させることです。
卓球のように短時間のラリーが繰り返されるスポーツでは、一瞬の駆け引きが求められます。スマッシュを打つときは最高のパフォーマンスが必要ですが、同時に相手のサーブをどう返すかなどを考えるために、冷めた視点がなければ勝つことはできません。