「精神的ストレス」はトレーニング効果を低下させる【研究結果】
ランニングや筋トレを長く続けていると、原因が見当たらないスランプに陥ったことがある人は多いかもしれません。睡眠は足りているし、栄養にも気をつけている。体重や脂肪率、心拍数も身体的数値に目立った変化はない。もちろん練習だってしているのに記録が伸びなかったり、あるいはパフォーマンスが明らかに落ちてしまう。
不調の原因がはっきりしないのは苦しいものです。しかし、そのようなときは身体的な原因より、精神的な疲労を疑ってみるべきではと示唆する研究があります。
深刻な悩みや心配事がなくても、ただコンピューター・ゲームや仕事などでアタマを疲れさせてしまうと、それだけで身体的なパフォーマンスに悪影響を与えるというのです。
研究1:一般人が90分間コンピューター・ゲームをした後で自転車に乗るとどうなるか
2009年に応用生理学の学術雑誌に発表された、「精神的疲労は人間の身体的能力を損なう」と題する論文 (※1) があります。この研究では、一般男女16人の被験者を2グループに分けました。
90分間コンピューター・ゲームを行うグループと、90分間ただじっとテレビでドキュメンタリー番組を見るグループです。両グループそれぞれ90分間を過ごした後、固定自転車に乗ってエクササイズをしてもらいました。
どちらのグループも、その90分間の前後で心拍数や酸素消費量、乳酸塩、心拍出量など身体的測定値に変化はありません。
しかし、コンピューター・ゲームを行ったグループの方が精神的な疲れを多く感じ、それがエクササイズを継続する「持久力」に影響する結果が出ました。こちらのグループの方が、平均して15%ほど短い時間でエクササイズをギブアップしてしまったのです。
研究2:エリートランナーが45分間コンピューター上でテストを受けた後、トレッドミルを走るとどうなるか
2020年4月にスポーツ医学の学術雑誌に発表された「精神的疲労が高レベルランナーの心肺能力に及ぼす影響には性差はない」と題する最新研究です(※2)。上述した研究1の対象が一般人だったのに対し、この研究ではブラジルのエリートランナーが対象になっています。
実験は研究1と似た方法がとられました。被験者を2つのグループに分け、1つはコンピューター上で脳を疲れさせるテストを行うグループ、もう1つは受動的にテレビ画面を眺めるグループです。ただし、今回の被験者は以下の点で研究1と異なります。
✓ 800mからマラソンまでの中・長距離走の競技ランナー(女性16人/男性15人)である
✓ 運動する前の精神的作業は45分間である
✓ 身体的テストはトレッドミルを走る
こちらでも被験者たちの身体的測定値には変化がないにもかかわらず、性別や専門の距離にかかわらず持久力が低下したという結果が出ました。ただし、今回の低下率は平均して3~6%と、一般人に比べると低い数値に留まっています。論文著者らは、アスリートの精神的な強さがその原因ではないかと推測しています。
また、この研究では題名の通り男女の差にも着目しました。しかし、精神的疲労が身体的能力に与える悪影響には目立った性差はなかったようです。
アスリートさえ精神的疲労によってパフォーマンスが低下する可能性が高い
程度の差こそあれ、一般人でも鍛え上げられたアスリートでも、運動直前にコンピューター上で作業すると、たとえ体は休まっていても精神的疲労が原因でパフォーマンスが落ちる可能性が高いようです。よく言われることですが、精神と身体は分かちがたく、互いに影響しあっているのでしょう。
スマホが普及して、いつでもどこでもオンラインゲームが楽しめるようになりました。しかし、大事なレースや試合の前はそうした主体的な動作を伴うゲームではなく、ぼーっとテレビを見る、好きな音楽を聴くなど、精神的なリラックスを心がける方がよい結果に繋がるかもしれません。
参考文献
※1.
Mental fatigue impairs physical performance in humans.
Marcora S. et. al., 2009
https://journals.physiology.org/doi/full/10.1152/japplphysiol.91324.2008
※2.
No Sex Difference in Mental Fatigue Effect on High-Level Runners' Aerobic Performance.
Lopes TR. et. al., 2020
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32251253
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。IT関連の会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務める。また、カリフォルニア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。
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<Text:角谷剛/Photo:Getty Images>