子ども向けかけっこ教室を取材! 五輪スプリンターが語る、速く走るコツとは
秋の運動会シーズンとなり、「子どものかけっこを速くさせたい!」と願う親御さんも少なくないでしょう。幼少期の過ごし方が後の運動能力に多大な影響を与えるのはいうまでもありませんが、具体的にはどのようなトレーニングが望ましいのでしょうか。
今回は、1992 年バルセロナオリンピック男子 400m 代表の渡邉高博さんが指導するランニング教室「かけっこクリニック」を取材し、小学生のときにどのようなトレーニングをすれば足が速くなるのか教わりました。
(記事初出:2018年10月1日)
▲「かけっこクリニック」を指導する渡邉高博さん
かけっこが速くなるためのポイントは「2つだけ」
「かけっこクリニック」の舞台は、東京都杉並区にある下高井戸運動場。全8回の開催で、毎週水曜日に行われています。小学1~2年生を対象とした第1部(15:30~17:00)と、小学3年生~6年生を対象とした第2部(17:15~18:45)に分けられます。ちなみに第1回目の教室は、9月12日に開催されました。
かけっこを指導してくれる渡邉高博さんは、かつて男子400mの代表選手として1992年のバルセロナオリンピックに出場。世界選手権にも2度代表に選ばれるなど、輝かしい実績を残したスプリンターです。
▲26歳で現役を引退した後は、会社員を経て37歳で独立。当初はパーソナルトレーナーとしてフィットネス指導を行いながら、徐々に子どもへの指導へシフトしていったという
現在は自身が立ち上げた「渡高株式会社」の代表として子どもたちのランニング指導を行いながら、母校である早稲田大学や明治大学の競走部でもコーチを務めています。なぜ渡邉さんは、子どもたちへのかけっこ指導を行うようになったのでしょうか。
「26歳で現役を引退して、しばらくは所属していた実業団の会社員として過ごしていたのですが、今まで培ってきたものを何かカタチに残したいと思ったんですよね。その後、大手フィットネス勤務や大学院を経て37歳でフィットネス指導の会社(個人事務所)を立ち上げたのですが、最初は大人をターゲットとしたマンツーマントレーニングをメインとしていました。すると、今度は『子ども向けにランニングを教えてくれないか』とオファーがあり、徐々にそちらへシフトしていきました。現在では杉並区の小学校で体育の外部指導を行うなど、ほぼ100%子どもに教える仕事で占めていますね」
渡邉さんの指導論はとてもシンプル。押さえるべきポイントは「2点だけ」と、詳細を話してくれました。
「子どもの段階で100%に仕上げる必要はありません。高校生、大学生になった時に必要な“のびしろ”を作っておいてあげたいので、教えるのは基礎の基礎部分です。全員が陸上選手になるわけではないので、あらゆる競技に対応できる身体を作ってあげます。そうした目的ですので、私はこれまで腕振りやもも上げなどを教えたことはありません。子どもの頃は速く走れれば何でもいいじゃないですか(笑)。
私が教えている“速く走るポイント”は2つだけ。それは『背筋をしっかり伸ばす』『そのまま前に倒れる』ということ。まず綺麗な姿勢を作り、そのまま前に倒れれば自然と足は出てきますから。これをマスターできれば、どのスポーツでも通じる無駄のない走り方の土台部分を構築することができるんです」
楽しみながら、走りの“土台”を構築
▲渡邉さんのほか、現役学生を含む3人のスタッフが子どもたちの指導に当たる
取材で訪問した9月19日(第1部)の参加者は、約35名。見るからに元気のよさそうな1~2年生のちびっ子たちが集まり、非常に明るい雰囲気で教室はスタートしました。
まずは全員で動的ストレッチや体操を行い、身体をほぐしていきます。6~8歳の子どもが相手なので、丁寧に優しく語りかけながら教えているのが印象的でした。
▲ウォーミングアップの段階から、スタッフがつきっきりで指導する
▲時には渡邉さん自身が子どもたちのお手本となる
次は前述した2つのポイントである「背筋をしっかり伸ばして、前に倒れる」動作を身につける練習です。
「その場でピョンピョン跳ねて~、そのまま交互に踏んで~、しっかり身体を前に倒して、はい行きましょう!」(渡邉さん)
飲み込みの早さは人それぞれなので、1回でコツをつかんでしまう子もいれば、なかなかうまくいかない子もチラホラ。しかし、何度か繰り返すうちに上達する子も増え、そのたびに「よくなっているぞ~!」と渡邉さんの声が響きます。
ここまで約30分。10分間の休憩を挟み、その後は3つのグループに分かれて別々の練習に取り組みます。
1つ目のグループはゴムロープを用いたメニュー。極限までゴムを引っ張り、その状態で走り出すことによって“オーバースピード”を体験する練習です。渡邉さんいわく「経験したことのないスピードで足を動かすことによって、前に乗り込む感覚を覚えさせる」目的があるそうです。
▲ゴムの収縮を利用し、“オーバースピード”を体験させる
2つ目のグループは、身体を前に傾ける練習と、走りながら跳ぶ練習を行います。身体を前に傾けるのは前述の通りですが、“走りながら跳ぶ”とはどういうことなのでしょうか。
「陸上競技の中にも走高跳や走幅跳など跳躍種目がありますし、どのスポーツでも走りながら跳ぶ瞬間があります。走って前に進む力を上方向に転換させる練習です」(渡邉さん)
▲体を前に傾ける練習
▲走りながら跳ぶ練習
そして3つ目のグループは、横向きや後ろ向きを組み合わせて走る練習。「正面向きだけで完結するスポーツは少ないので、横向きや後ろ向きでもまっすぐ走る練習をします」と渡邉さん。ポイントは“重心の移動”だそうです。
この3つの練習をそれぞれのグループが10分交代で1周し、そして最後のお楽しみである「リレー」でクリニックを締めくくります。トラックの内側をショートカットしたり、または大幅に外回りをする子も見られましたが、最後まで明るく元気に走りきりました。
▲最後の1周は、渡邉さんも現役時代のような軽やかな走りを披露
参加者の保護者の声は?
野球やサッカー、水泳などさまざまなスポーツの習い事があるなかで、なぜ親御さんは子どもを「かけっこクリニック」に通わせたのでしょうか。実際に参加した小学1年生の男の子のお母さんに話を聞いてみました。
――なぜ「かけっこクリニック」へ参加したのですか?
子どもが「足が速くなりたい」と言っていたのと、走るフォームが悪いので、改善するいい機会だと思い応募しました。
――実際の取り組みを見て、いかがでしたか?
前回(第1回)参加した時も、運動力学のようなものをとり入れながらトレーニングをしていたので、思ったよりも本格的な感じでびっくりしました。まだ2回目ですが、今後も継続参加することで、正しいフォームが身についてくれればいいかなと思います。
▲最後は全員で体操をしてプログラムは終了
今回取材したのは小学1~2年生を対象とした第1部でしたが、「3年生から6年生を対象とした第2部も基本的にやることは変わりません」と渡邉さん。ただし、当然教え方は変わってくるそうで、「上の学年はしっかりしているので、大学生に教えるつもりで接していますよ」と話してくれました。
このクリニックは東京都杉並区在住・在学の小学生限定ですが、渡邉さんは「背筋を伸ばしてそのまま倒れるという動きは、家で3分あればできること。そろそろ運動会がはじまる学校もあるかと思いますが、トレーニングを継続すれば必ず子どもの運動能力は上がりますよ」と、MELOS読者の親御さんにもメッセージを送っていただきました。
子どもの足を速くさせたいと考えている保護者の方は、ぜひ参考にしてみてはいかがでしょうか?
[プロフィール]
渡邉高博(わたなべ・たかひろ)
1970年生まれ、愛媛県出身。渡高株式会社代表取締役、一般社団法人日本イージーエクササイズトレーナーズ協会理事、早稲田大学競走部コーチを務める。
《陸上競技戦績》
第74回日本選手権(1990.6)400m優勝
第11回北京アジア大会(1990.10)1600mリレー優勝、400m第6位
東京世界陸上(1991.9)1600mリレー出場:アジア/日本新記録樹立
バルセロナオリンピック(1992.9)400m/1600mリレー出場
《フィジカル指導歴》
早稲田大学体育会競走部コーチ(1997.4〜現在)
日本陸上競技連盟短距離部コーチ(1997.4〜1999.3/2009.4〜2012.10)
日本陸上競技連盟中距離部テクニカルコーチ(2008.4〜2009.3)
東北楽天ゴールデンイーグルスランニングコーチ(2006.10)
明治大学競走部短距離コーチ(2016.4〜現在)
【公式サイト】 http://www.watataka.co.jp
<Text & Photo:松永貴允(H14)>