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森山未來『いだてん』ロングインタビュー。いかにして稀代の落語家を演じるのか

 日本人初のオリンピアンとなった金栗四三と、1964年の東京オリンピック招致に尽力した田畑政治を描いた、宮藤官九郎さん脚本によるNHKの大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』。マラソンで名を上げる金栗四三(演:中村勘九郎)の活躍はもちろんのこと、落語家になることを夢見る美濃部孝蔵(演:森山未來/若き日の古今亭志ん生)の成長物語からも目が離せなくなってきました。

 いよいよ第13回「復活」(NHK総合/3月31日20時放送)では、美濃部孝蔵が初高座に挑みます。この放送に先駆けて、都内では森山未來さんを囲んだ合同インタビューが行われました。語られたのは、美濃部孝蔵を演じるうえでどのように古今亭志ん生を分析したか、演出の井上剛さんと大根仁さんとの関係、ビートたけしさんが演じる古今亭志ん生、そして第13回の見どころについて、などなど。森山さんが発する言葉の端々から、自身の役柄について深く考察して撮影に臨んでいる森山さんの姿が感じとれました。ほぼノーカットでお届けします。

[プロフィール]
森山未來(もりやま・みらい)
1984年生まれ、兵庫県出身。幼少時よりジャズダンス、タップダンス、クラシカルバレエ、ストリートダンスなどを学ぶ。1999年、「BOYS TIME」(演出・宮本亜門)で本格的に舞台デビューの後、映画、テレビドラマなど、数々の作品に出演。近年ではダンスパフォーマンス作品にも積極的に参加し、2013年秋より文化庁文化交流使として1年間イスラエルに滞在、インバル・ピント&アヴシャロム・ポラック ダンスカンパニーを拠点に、ベルギーほかヨーロッパ諸国にて活動。いだてん・チーフ演出の井上剛さんが手がけた『その街のこども』(NHK/のちに『その街のこども 劇場版』が映画作品として劇場公開)で主演。また、いだてん・演出の大根仁さんが監督を努めた深夜ドラマ『モテキ』(テレビ東京系)、『モテキ』(映画版)では主演を務める。

[第13回「復活」のあらすじ]
意識がないままホテルに運ばれていた四三(中村勘九郎)は、日射病だった。いつもお世話をしてくれてきたダニエルに案内され、自分がコースからはずれてペトレ一家に助けられた行程を改めてたどる四三。そして、マラソンを共に戦ったポルトガルのラザロ選手も日射病で死去した事実を弥彦(生田斗真)に聞かされる。命を懸けて監督を全うした大森兵蔵(竹野内 豊)や安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)の「頑張れ」の思いを胸に、四三は再び走りだす。同じ様に、孝蔵(森山未來)は緊張と戦いながら、落語「富久」を演じ、完走はできないまでも目を見張る才を見せる。

古今亭志ん生は、空想と史実の間のような存在

――第13回の見どころについて。

孝蔵の目線でドラマを振り返ると、(橘家)円喬(演:松尾スズキ)に弟子入りし、車夫として過ごし、三遊亭朝太という名前をもらい、初高座を迎える。真面目に取り組みたいけれど、気持ちの弱さがあり、緊張もある。そもそも一筋縄ではいかない性格なので、果たして、高座は成功するのだろうか、という部分が見どころになります。

ストックホルムと東京で距離はありますが、四三さんがマラソンを走っている瞬間とリンクする部分もあり、精神的に近づくと言うか、2人の人生が瞬間的に重なります。孝蔵(志ん生)のドラマにおける存在意義を、ここで感じていただければ、と思います。

―――第13回では、初高座で演目「富久」を演じるシーンが描かれます。

ネタバレになるので詳しくは言えませんが、酔っぱらいの勢いと熱量と、初めて高座に上がる緊張感と。結局は変な突破の仕方をするわけですが、エネルギーで魅せられればと思いました。

――酒に酔ったまま「富久」をする。どんな演技を心がけたか。

もう、勢いに任せています。ドラマでは細く長く、孝蔵がストーリーに関わってきます。でも、その間は描かれない。気が付いたら弟子入りしていて、気が付いたら高座に上がることになる。話がボンボンと飛んでいく。ボクは資料も読んでいるので、間のことも分かるけれど、そんなこともドラマ全体の中では重要でない気がしていて。

宮藤官九郎さんは志ん生が大好きなんですよね。この人でドラマが作れるくらい、エピソードも豊富にご存知で。でも今回は、各時代の金栗四三、田畑政治をつなげるフックとして孝蔵を使っている。使いたいタイミングでね。だから孝蔵のイメージを掘り下げて、繊細に積み上げていくというよりも、各出演シーンでどれだけ跳ねられるか、フックとして役に立てるか、の方が大事だなと考えています。

松尾スズキさんに弟子入りし、たけしさんになる(笑)

――今回の役を演じる上で意識したことは。

お話をいただいたのは、いまから2年くらい前になるでしょうか。まず、とにかく本を読みました。現在、どのくらいの人が古今亭志ん生について知っているのか分からないのですが、落語の神様と呼ばれている人です。ラジオ、レコード音源のほか、テレビの映像もいくらか残っています。でも、それらの資料は晩年のものが多いんですね。戦後、満州から帰ってきたときに60歳前後だった。だから皆さんが知っている志ん生は70代の姿です。では戦前は、どうだったのか。詳しくは知られていません。本人が語っていますが、彼は噺家なので、話がけっこう盛られているんですよね(笑)。例えば、自分が名前を何回変えたとか、まちまちで。自分の歳も、ときには母親の名前さえも違ったりしている。そんな状況なので、彼自身の話す内容と、かろうじて若かりし頃、40代の志ん生を知っている人の言葉などから推測するしかないんです。

師匠についても「俺は橘家円喬に弟子入りをした」と言っていますが、実際は違うという説が濃厚。たけしさんは晩年の志ん生を演じるのである程度、やり方もあるのでしょうけれど、ボクにとっては手がかりがないようなもの。どうしようかと思いました。史実が半分は残っているものの、言わば空想と史実の間のような存在なんですよね。

文献を読んだのと、あとは――。たけしさんに寄せた方が良いのか、とも思いました。古今亭志ん生は神田の生まれ。たけしさんは浅草で、自然と浅草言葉が口を出る。お母さんの影響で、小さい頃から落語もよく聞いていたそうですし。ところで考えてみると、不思議なんですよね。ボクは松尾スズキさんに弟子入りをして、落語を勉強していった結果、たけしさんになる(笑)。光栄なんですが、どう考えたら良いか、ときどき分からなくなります。

たけしさんが、どんな感じで演じているのか見てみようと思い、一度撮影スタジオに拝見しに行ったんです。志ん生に寄せているのかな、と思ったら、髪の毛は金髪だし、思った以上にたけしさんはたけしさんでやっている。それを見て、もう良いかなと吹っ切れて。もちろん文献など資料の内容を考慮して演じていくことに変わりはないんですけれど。

志ん生は実際、ほんとに世間で言われていたような「ぞろっぺえ」(いい加減でだらしない)奴だったのか。ちゃんと落語はできていたと言うし、その“手に職”が彼自身の最後のよすがだっただろうし。では、どこまで身を持ち崩していたのか? 家賃を払わない、身の回りのモノは全部曲げちゃう(質入れする)人だったのか。

それって、志ん生が突出してダメだったのだろうか。あの時代がそもそもそんな感じだったのではないか。明治の頃は、社会全体が貧しかったでしょう。そんな時代に、庶民がどんな生活をしていたのかを考えると、志ん生がどこまでダメだったのか、ボクにも判断できない。だから、エピソードなどは参考にしつつも、楽しくやらせてもらうという感じです。

美濃部孝蔵はナレーションとしてのポジションもあり、物語を俯瞰している部分がありつつも、ストーリーの本筋は背負っていません。金栗四三、田畑政治と同時代を生きた“生き証人”としての立場と、狂言回しの役が与えられている。1個1個のエピソードが楽しいので、そこに乗っていければ楽しいかな、と思っています。

落語に人生を捧げきった、というのはすごい

――役柄とナレーション、演じ分けの工夫は。

撮影しているときは、ナレーションは意識していません。落語がストーリーにリンクする瞬間はあるけれど、そういったメタ構造はボクが意識しないでも良い。ナレーションに関しては、大根仁監督と『モテキ』をやったときのモノローグで鍛えられました。

撮影に入る前、自分は「まずい落語」「良い落語」の違いも分からないくらい、ずぶの素人でした。だから寄席にも通ったし、映像もたくさん見た。ただ、志ん生の映像は晩年のもの。では、戦前の志ん生の落語はどうだったのか? 評価は人によってまちまちで「良かった」「うまいけどおもしろくない」など、さまざまな感想があるようです。

戦前から戦後にかけて、古今亭志ん生、桂文楽という落語の神様2人が活躍しました。志ん生さんは、文楽さんのようなカチッとした落語が、もともとは好みだった。でも、実際はそれとは真逆のスタイルになった。文楽さんが楷書ならば、志ん生さんは草書。でも初めて憧れた落語家は円喬であり、文楽のスタイルだった。だから(若い頃の美濃部孝蔵としては)硬い喋りがうまいけれどおもしろくない風にしたら良いのかとか、そんなところまで考えて演じるべきか、悩みました。

若い頃は下手くそで良いんですが、これが歳を重ねるごとに――。たぶんボクの配役では、20代からこの先40、50代も演じるので、うまい落語になったときに、どうしようか。まだ皆さんが見ている、いまの段階なら落語が下手でも許してもらえると思うんですが(笑)。

――美濃部孝蔵の魅力は。

美濃部孝蔵には、楽しいエピソードがたくさんあります。でもそれは、志ん生の口によってトランスレートされたもの。翻訳されているからおもしろい話に聞こえているだけで、全てのエピソードが、実は凄惨極まりないものだった可能性があります(笑)。本当のところは、誰にも分からない。時代もあったでしょうし。だから、その辺がすごいですよね。自分の悲惨な人生をどこか俯瞰から眺めていて、それを言葉にし、噺に起こして、お客さんの笑いに変える。それが、いつ頃からできるようになったのか。

落語の世界の中に生きている人なんだろうなと思います。落語には、えげつない噺もたくさんありますが、やっぱり噺家が落語に起こすことで、どこか愛嬌のあるエンターテインメントになっていく。

志ん生は明治、大正、昭和を直に生きた人で、落語で描かれる江戸の暮らしと近いものを実体験してきた。高座で話している内容と、庶民の生活が近かったんですね。それが離れていくと、噺にリアリティがなくなってくる。昔の歴史を聞くだけになっちゃう。彼は落語の内容と自分の生活が地続きだった。落語に人生を捧げきった、というのはすごいことだと思います。

どれくらい自分のままで役を演じられるか、そんな気持ちづくりも大事

――どんな気持ちを込めて演じているのか。

ひどい人生だったんだろうなとは思うんですが、この『いだてん』の中で孝蔵のパートをリアルで凄惨なものにしてしまうと、劇中で求められる役割が変わってしまう。ドラマでは孝蔵の存在がアクセントになっている瞬間もあるので、ひどい方向に持っていくと、その役割を果たせなくなるんですね。そのあたり、チーフ演出の井上剛さんはじめ監督陣とも話しました。どこか、ポップにしておいた方が良いというか。彼が(自分の人生を)落語の小噺として昇華させたように、演じた方が良いのかなと思っています。

美濃部孝蔵は、どこまで表情が変わったり、どのくらいのテンションで生きていたのか分からない。ああいった落語をする人だから、プライベートでは喋らなそうだとか、暗そうだとか、そんなイメージも強いんですが、それを反転させてポップにしてしまおうと思う部分もあります。

―――人力車のシーンでは、美濃部孝蔵の身体つきが良かった。

フーテンの男が、そんな良いガタイをしているわけはないですよね(笑)。あまり良くないな、とは思うんですけれど、職業柄、仕方ないですよね。だから普段は、できるだけ着痩せする服を着たりしているんですけれど。『モテキ』のときも、身体がでかく見えないものを着ようとしていました。でも今回は荒くれ者の設定ですし、そこは良いんじゃないかと。

――映画『苦役列車』では、役作りのため、あえてすさんだ生活をしていたとか。

撮影が始まったのが昨年の4月くらいから。それが今夏まで続くというので、そういった生活を続けることは現実的に不可能でした。でも最初に、その入り口だけは見つけたいと思っていた。美濃部孝蔵は「飲む、打つ、買う」の生活をしていたようですが、そのうちボクは飲むだけ。でも、とにかく浅草方面に足を運んだ。浅草に住んだ方が良いのか、悩んだこともありました。

でも苦役列車の頃にやったようなことは、最近はしなくなった。自分が楽しめる状況の中でそういったことをやるのも良いとは思うんですが、どれくらい自分のままで役を演じられるか、そんな気持ちづくりも大事だと感じています。

―――古今亭菊之丞さんから、落語の指導を受けてらっしゃいます。

はい。いまだに難しいですね。江戸前というか、浅草の話し言葉、そこをどう自分で考えていけば良いのかという部分が。いくら江戸前の言葉で話しても、メンタルが、ボクは関西人なので気質が違うんですよね。江戸の方全員じゃないかもしれませんが、竹を割ったような性格と言いますか、歯切れの良い生き方は、関西人はあまりしない。ボクも同じ。関西人がダメというわけではなくて、人との関わり方、生き方のカタチが違う。スパン、という風にいかないというか。そこは気にしています。

江戸言葉は、友吉鶴心さんに指導いただいています。何代も江戸・浅草に住んでいる家柄の方。そんなトモさん(友吉鶴心さん)の話によれば、江戸も浅草も、結局はいろんな人間の集まりであると。だから一概に、何が江戸かと言うことは難しいそう。ちなみに、峯田和伸さん(人力車夫の清さん役)の出身地は山形。江戸や浅草という土地は、災害で人口が減少して、仙台など東北からたくさんの人が流れ込んできた時期があるんですって。だから、言葉や文化も複雑に混ざっている。「そういった意味では、意外と峯田さんの言葉や精神性は、アリなんですよね」なんてことも話していました。

落語もそう。たけしさんがたけしさんのままでいるように、ボクはボクなりのアプローチを見つけられたらおもしろいのでは、と思っていて。結局、何だって良いんだという話になるんですが、これは落語においてだけの話ではないですが、“技術”は練習をすればある一定のところまでは到達できる。そこから、何がおもしろいかは「人となり」の問題になるんです。噺家としてうまいか、まずいか、ということになるのであれば、リアルの孝蔵に囚われすぎなくても良いのかなと。どういう風に言えば、高座にも、浅草の風景にも心地よくいられるのか、というところを考えています。

井上さんと大根さんに口説かれ、断る理由が見つからなかった

――脚本の魅力は。

宮藤官九郎さんとは、以前、舞台でもお仕事をさせていただきました。すごいですよね。何というか、読み物としてパッと読んだ感想としては、明治~大正~昭和と時代が移り変わっていきますけれど、そこを自然に行き来する。本を読んでいると、まったく混乱しないんです。それを映像として立体化するのは大変だと思いますが。もちろん計算もしているんでしょうけれど、それよりも直感的に書かれている様が、読んでいて気持ち良い流れ方をする。ロジカルに描いている感じがしないんです、無理なく楽しそうに書いている。官九郎さんの気持ちに素直に流れていて。それが伝わってきました。

――初の大河ドラマ。現場の雰囲気は?

うーん、長いです、だからやりたくなかったんです(笑)。でも最初、井上さんと大根さんに口説き落とされた時点で、もうやるしかないと。そういう意味では、ストレスになる現場ではないです。長いこと以外では! 技術、美術、制作、皆しっかりしている。NHKがこれまで積み上げてきたものがあって。美術も素晴らしいですね。今の映画とか、民放のドラマではなかなか実現できないでしょう。いわゆる時代劇とは違う、近代の歴史をテーマにした取り組み自体が冒険ですが、チーフ演出の井上さんがこれまで引っ張ってこられた、そのエネルギーがすごいと思います。

――どう口説かれたのか。

井上さん、大根さんとは別々の現場でお仕事させていただいていた。信頼できる人たちだった。その2人に飲み屋に呼び出されて。大根さんがNHKで初めて演出をやることにビックリだし、チーフで井上さんが入ると聞いて、断る理由が見つからなかった。これは逃げられないな、と思いました(笑)。

――井上さんと大根さんを引き合わせたのは森山さんと聞いた。大根さんの印象は。

映像に携わるボクの人生の中で、井上さん、大根さんに出会ったことは、とても大きかった。井上さんとは『未来は今 10 years old, 14 years after』(2009年、NHK大阪)、『その街のこども』(2010年、NHK大阪)を一緒につくれた。その信頼があって。大根さんも『モテキ』などを対話しながらつくってくれた。2010~2011年頃に2人に出会えたのが大きかった。

大根さんがまだブログをやっていたとき、井上さんの作品を見て「この手法がやばい」と絶賛していました。『モテキ』の撮り方には、井上さんの手法にインスパイアされたところもあると聞いています。だから、その2人が会わない理由はないと思った。大根さんと大阪に行ったとき、NHK大阪局にいた井上さんを紹介しました。今回の『いだてん』の話も、その2人がやるなら、と思いました

大根さんとは舞台の仕事以来ですが、現場ではとても生き生きしています(笑)。NHKの大河ドラマはこれまで、内部の人たちだけで撮っていました。外部から演出に人を呼んだのは、今回が初めてだそうです。だから大根さんとしても発見があっただろうし、NHKの内部の人たちも改めて、自分たちのやり方を再確認するところもあっただろうし。その相乗効果があるんじゃないでしょうか。意識的にスタッフの間を縫って、鼓舞し、良い意味で掻き回しています。

大根さんはこの前、夜食をつくっていました。自分の監督の日ではなかったようで「作ったから」とスタッフと役者、みんなに振る舞っていました。普段は1人で背負うものが多い大根さんですが、いま『いだてん』で与えられた立ち位置を楽しんでいる様子です。あんなに気楽に楽しんでいる大根さんを見ること、あまりない気がします。

たけしさんは、生粋の芸人さん

――ビートたけしさんとは会話されましたか?

撮影では接点がないのでスタジオでお会いする機会もあまりないんですが、1度だけ近づく機会があって。撮影中、楽屋にも戻らずセットの裏でモニターを見ながら物静かに座っておられました。話し始めると気軽に話してくださって。そこで、立川流の話などを聞きました(ビートたけしは落語立川流の一員)。「古今亭の人たちは温かいね。ホンワカしているね」などと話されていました。

――同じ1人の人間を演じているたけしさんの印象は?

撮影現場で高座に上がるところも何度か見ました。たけしさんは、生粋の芸人さんだと感じました。ボクは、覚えた噺を高座でやることしかできない。でも、たけしさんは小噺をしてお客さんを温めるんです。落語家の役で高座にあがる、エキストラだけどお客さんも入る、となれば事前に小噺を用意する、という方なんです。

エキストラの人たちの表情を撮るためだけに、小噺をされていました。それはすごいことです。大根さんの演出回だったんですが、大根さんがたけしさんに抱いている尊敬の念というか、そういった想いも感じられた。長回しで延々と観客を撮りながら、たけしさんに「何でも良いので喋ってください」と指示を出していて。台本にない小噺、漫談を要求する大根さんもすごいと思ったし、それに応えるたけしさんも素晴らしかった。

――美濃部孝蔵にとっての師匠である円喬を演じるのは松尾スズキさんです。

緊張しますね、松尾さんは。素晴らしい作家であり、演出家であり、役者さん。ドラマでは、師匠としている。松尾さんって、一緒にいる間に高圧的な印象的はないんですが、何を考えていらっしゃるか分からないときもあるので、こちらも何を出したら良いか分からない。空恐ろしいところが常にある。その近寄り難さは、円喬と孝蔵の関係性を表現するのに良かったと思います。愛情の出し方が特殊という気がします。不思議というか。一緒にやっているときは、ほんのちょっと会話するだけで緊張してしまう。でもいなくなると、温かさがスッと心の中に入ってくる。

――クルマに乗せたときの感じは?

重みという意味ではありますよね。ただ、孝蔵は車夫として生活していたわけではないので、下手くそというか、まぁ師匠を荒くぶん回していましたよね(笑)。

[番組情報]
『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』
《放送予定》
全47回 毎週日曜[総合]20時/[BSプレミアム]18時/[BS4K]9時
《作(脚本)》
宮藤官九郎
《音楽》
大友良英
《題字》
横尾忠則
《噺》
ビートたけし(古今亭志ん生)
《出演(キャスト)》
中村勘九郎(金栗四三)、阿部サダヲ(田畑政治)/綾瀬はるか(春野スヤ)、生田斗真(三島弥彦)、杉咲花(シマ)/森山未來(美濃部孝蔵)、神木隆之介(五りん)、橋本愛(小梅)/杉本哲太(永井道明)、竹野内豊(大森兵蔵)、大竹しのぶ(池部幾江)、役所広司(嘉納治五郎)
《以下五十音順》
荒川良々(今松)、池波志乃(おりん)、井上肇(内田公使)、板尾創路(村田大作)、イッセー尾形(永田秀次郎)、岩松了(岸清一)、柄本佑(増野)、柄本時生(万朝)、大方斐紗子(金栗スマ)、小澤征悦(三島弥太郎)、勝地涼(美川秀信)、夏帆(清水りん)、川栄李奈(知恵)、黒島結菜(村田富江)、小泉今日子(美津子)、近藤公園(中沢臨川)、佐戸井けん太(春野先生)、シャーロット・ケイト・フォックス(大森安仁子)、白石加代子(三島和歌子)、菅原小春(人見絹枝)、髙橋洋(池部重行)、田口トモロヲ(金栗信彦)、武井壮(押川春浪)、寺島しのぶ(二階堂トクヨ)、永島敏行(武田千代三郎)、中村獅童(金栗実次)、永山絢斗(野口源三郎)、根岸季衣(田畑うら)、平泉成(大隈重信)、古舘寛治(可児徳)、ベンガル(田島錦治)、星野源(平沢和重)、松尾スズキ(橘家圓喬)、松坂桃李(岩田幸彰)、松重豊(東龍太郎)、満島真之介(吉岡信敬)、峯田和伸(清さん)、三宅弘城(黒坂辛作)、宮崎美子(金栗シエ)、山本美月(本庄)ほか
《制作統括》
訓覇圭、清水拓哉
《演出》
井上剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
《公式サイト》
https://www.nhk.or.jp/idaten

<Text:近藤謙太郎/Photo:NHK提供>

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