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海の家がない、2020鎌倉の夏│連載「甘糟りり子のカサノバ日記」#51

 アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニス、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。

 夏といえば、海。筆者の甘糟さんが住む鎌倉は、本来であれば、海水浴にやって来る人たちで賑わうはずでした。コロナ禍の鎌倉の海は、いまどうなっているのでしょうか。

夏ってやっぱり特別な季節

 今回は海のことを書こうと思います。私の地元、鎌倉の海岸についてです。

 鎌倉には材木座、由比ガ浜、腰越の3つの海水浴場がありますが、ご存知のように今年は海水浴場として解放されておりません。神奈川県の取り決めで、隣の逗子市や藤沢市(江ノ島は藤沢市です)も含め、一切の海水浴場がありません。

 散歩を兼ねたジョギングで海岸線を通る度に不思議な気分になります。鎌倉に住んで50年ちょっとになりますが、海の家のない夏の由比ガ浜は初めてなのです。例年にない暑さだというのに、ふっと、果たして本当に夏なんだろうか? なんて考えてしまう。吹き出る汗で我にかえるわけですが。

 それでも、浜辺および海にはそれなりに人はいます。サーファーだけでなく、海水浴目的の家族連れやインスタ用の写真を撮りに来たという感じの若者グループ、楽しげなカップルなんかが浜を埋めています。先日は、ビーチサッカーを楽しんでいる男の子たちもいました。海の家がないので、小さなテントを張るのがちょっとした流行のようです。もちろん泳ぐ人も少なくない。マリンスポーツとエリアを分ける看板を出しているビーチもありますが、そもそもそれが守られているか確認する人はおりません。海はフィールドのように白線を引くわけにはいきませんから、果たしてやってきた人がみんなエリアをわかっているものかどうか。

 遊泳は自己責任です。海水浴場として開かれないので、海の家や監視所・救護所は設けられません。仮に海に遊びに行ったとしても、着替えるところもシャワーもなく、飲み物や食べ物、日焼け止めなんかも売っていません。怪我をしても手当てしてくれる人も場所もいないし、迷子が出ても探してくれる人もいない。水難事故が起こっても、迅速な対応はむずかしいかもしれません。さすがに、ライフセーバーが見回ったり、海上にドローンを飛ばしたりしているようですけれど。

 水難事故のニュースは聞きたくない。自分が馴染んでいる海が人の命を奪ったと思うと、やりきれない気持ちになります。何年も前のことですけれど、海で友人を亡くしました。もちろん世界の海は結局一つなんですれど、相模湾で起こった事故だと特にそれが強いのです。毎日のように見ている景色の中で命が消えたと思うと、悲しくなります。

 そんな中、信じられないことがありました。

 クルーザーが波打ち際を走行したのです。各局の報道番組で取り上げられていたので、映像を見た方も多いでしょう。動画では、泳いでいる人やサーフィンをしている人の目と鼻の先を大きなクルーザーが勢いよく横切っていきました。甲板にはビキニ姿で手を振ったり身体をくねらしたりする若い女性がいて、男女数人が「イェーイ!」と声をあげています。見せびらかしたくて仕方がないんでしょう。何人かの方が撮影したのか、いくつかの角度がありましたが、どう見ても波打ち際。これ、ブルドーザーで歩道を走るようなもんじゃないだろうか。万が一、船の下に人がいたらひとたまりもないことは、船舶免許を持っていない私でもわかります。怖いよ〜。海上保安庁の船がやってきて注意はしたそうですが。

 クルーザーだけではありません。人で賑わう砂浜に馬でやってきた人もいます。鎌倉市内のあちこちでトラブルを起こしている無許可の乗馬倶楽部です。糞の後始末はしない、自然や史跡を荒らす、しょっちゅう馬が脱走するなど、聞けば聞くほどあきれます。こちらも、事故が起こったらどうするんでしょうか。

 なんてね、つい愚痴っぽくなってしまいます。地元の海には愛着があるので、荒れてしまうのが悲しいです。

 今年に限らず、夏ってやっぱり特別な季節だと思います。自然を意識せざるを得ないし、気持ちが濃くなる場面も多い。海はそんな夏を盛り上げてくれる格好のステージでもありますよね。来年の夏、鎌倉の海には、波打ち際を走るクルーザーも人混みの中を闊歩する馬もいなければいいのですが。

[プロフィール]
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
神奈川県生まれ、鎌倉在住。作家。ファッション誌、女性誌、週刊誌などで執筆。アラフォーでランニングを始め、フルマラソンも完走するなど、大のスポーツ好きで、他にもゴルフ、テニス、ヨガなどを嗜む。『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』のほか、ロンドンマラソンへのチャレンジを綴った『42歳の42.195km ―ロードトゥロンドン』(幻冬舎※のちに『マラソン・ウーマン』として文庫化)など、著書多数。GQ JAPANで小説『空と海のあわいに』も連載中。近著に『鎌倉の家』(河出書房新社)『産まなくても、産めなくても』文庫版(講談社)

《新刊のお知らせ》

幼少期から鎌倉で育ち、今なお住み続ける甘糟りり子さんが、愛し、慈しみ、ともに過ごしてきたともいえる、鎌倉の珠玉の美味を語るエッセイ集『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)が発売中。

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<Text & Photo:甘糟りり子>

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