筋肉痛には“芍薬甘草湯”、関節痛には“疎経活血湯”。専門家に聞いた「スポーツと漢方」
オリンピック選手やプロサッカー選手などの一流アスリートが、肉体やメンタル面のケアとして漢方薬に注目しているというニュースを目にするようになりました。
スポーツをする人にとって、漢方薬には、どんなメリットがあるのでしょうか? スポーツにともなう「痛み」と「体作り」という観点から漢方薬について考えてみます。
中国の上海中医薬大学で、中医学を本格的に学んだあと、漢方薬局での漢方相談や、漢方セミナーの講師の経歴もお持ちの、クラシエ製薬・居原田耕平さんに、お話をうかがいました。
西洋医薬は「狩猟」、漢方薬は「農耕」だ
取材に応えてくださったクラシエ製薬・居原田耕平さん
西洋医薬と漢方薬の違いをイメージするため、よくいわれるのが「狩猟」と「農耕」というたとえです。
西洋薬が「狩猟」で、漢方薬が「農耕」に当たるわけですが、狩猟では、やってきた獲物を仕留めて、すぐ食料としてゲットできます。
つまり速効性があるのですが、お腹が空けば、また再び、狩猟に出なければなりませんし、次に獲物が取れるかどうかはわからない。飢える心配は常にあります。
農耕は、土地を耕して作物を育て、数ヶ月後でないと食料を得ることができないので、狩猟に比べて時間がかかります。
しかし一度、農耕のサイクルができ上がれば、繰り返し食料を得ることができ、飢える心配はなくなります。
漢方は根本治療
西洋医薬の病気への向き合い方を「対症療法」、漢方薬を「根本治療」というふうに言ったりしますが、これも同じです。
今、カゼをひいているとして、西洋薬ではその病気を治すというところで目的が完結しますが、漢方薬は「なぜ、カゼをひいたのか」、病気の理由までさかのぼって改善していこうと考えます。
もちろん、漢方にも対症療法的な処方はあるのですが、病気にならない体作り、体質改善を目指すということです。
だから、時間がかかるのですが、でも土地を耕すように体質改善できれば、飢えることつまり病気から解放される、そう考えるのが漢方です。
痛みの原因は「不通則痛」と「不栄則痛」がある
「痛み」はなぜ起こるか? 漢方では大きく2つの原因があると考えており、その2つを「不通則痛(ふつうそくつう)」と「不栄則痛(ふえいそくつう)」と言っています。
「不通則痛」は「通じないことが痛みになっている」という意味で、血流や神経の流れが悪いため痛みが起こっているということです。
「不栄則痛」は「栄要素がないことが痛みになっている」という意味で、栄養素とは、(漢方において)人間の大元にあって細胞などを作っているとされる「精」というもののこと。
「不通則痛」では急性的な痛み、「不栄則痛」は慢性的な痛みのことが多いようです。
筋肉痛に効く「芍薬甘草湯」
スポーツする人が使う漢方薬として知られているのが「芍薬甘草湯」(しゃくやくかんぞうとう)です。
「芍薬」は筋肉の腱と結びつきがあるとされ、「甘草」は胃腸や「肌肉」に関係があるとされますが、「肌肉」とは、中国語で筋肉を指します。
「芍薬甘草湯」は、筋肉痛や脚のツリなどによく効いて、しかも速効性を持っているのです。筋肉痛を引き起こしやすい人は、スポーツをする前に「芍薬甘草湯」を飲んでおくという人も、多いようです。
配合されている生薬の「芍薬(しゃくやく)」
配合されている生薬の「甘草(かんぞう)」
関節痛・神経痛に効く「疎経活血湯」
関節痛、神経痛や、腰痛、筋肉痛など、さまざまな痛みに効き、“痛みの万能薬”とも言える漢方が「疎経活血湯」(そけいかっけつとう)です。
「疎経」は、経絡(けいらく)、つまり神経の通り道を流すという意味ですし、「活血」も、血流を良くするという意味で、まさに名前の通り、通じていない血流や神経を通じるようにする「不通則痛」に効く薬ということになります。
配合されている生薬のひとつである「川芎(せんきゅう)」
「精」の減退がまだ少ない若い年代の人は、スポーツ後も栄養素を補う必要はあまりないので、筋肉痛には即効性のある「芍薬甘草湯」、それ以外の急性の痛みには「疎経活血湯」を飲めば、ほぼ解決するのではないかと思われます。
またスポーツからは離れてしまいますが、雨が降るとヒザや関節が痛くなるという人にも、「疎経活血湯」はオススメです。
停滞している血流や体内の余分な水分の流れをよくするというふうにいわれます。
腰痛、しびれに効く「牛車腎気丸」
慢性的な腰痛や、しびれに効くのが「牛車腎気丸」(ごしゃじんきがん)です。これは完全に「不栄則痛」に効く薬で、時間をかけてゆっくりと体を修復しながら、栄養素=「精」を補いながら痛みを治していくものです。
同じ「不栄則痛」の薬でも、「芍薬甘草湯」のように速効性のあるものは、体をそれほど修復する必要のない若い人に向きますが、「牛車腎気丸」は「精」が減退している高齢者に特に効果的で、飲んですぐ治るという特性はありませんが、体の根本のパワー作りから補ってくれ、気がついたら以前より楽に体が動いているというような、気づきをもたらしてくれます。
配合されている生薬のひとつである「沢瀉(たくしゃ)」
漢方の柱となっているものに「五行説」という中国の古代思想があるのですが、その中で「腎」は「精」を作っている場所と考えられています。
「牛車腎気丸」は、「腎」に「気」を増やして衰えた腎を修復し、体を動かすパワーを与えてくれるでしょう。
痛みは体が発している危険信号である
一般的に、痛みは、体が発している何かのアラーム。そのアラームが出たら、動きを止めて休む必要があるといわれます。しかし現代は、痛みが出たら、その痛みを薬で抑え、休まず動き続けるのが当たり前になっていますね。
その痛みとどう向き合い治癒していくのか? スポーツをして体を痛めてしまった場合、漢方薬で治すのも選択肢のひとつとして覚えておきたいですね。
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監修者プロフィール
居原田耕平(いはらだ・こうへい)
1996年より上海に渡り、1998年より上海中医薬大学にて中医学を5年間学び、卒業。中医学士。帰国後、漢方薬局・ドラッグストアーなどで、漢方相談・接客を行なう。2010年「登録販売者」資格を取得。2011年、クラシエ製薬株式会社に入社し、学術部を歴任。店舗向け漢方セミナーなどで講師を担当する。現在は、クラシエ製薬マーケティング部販促宣伝部・クラシエホールディングス広報部にて、漢方の普及につとめる
クラシエ公式サイト:http://www.kracie.co.jp/
※本記事の初出は2017年10月13日です。
<Text & Photo:岸田キチロー>