じゃがいもはエネルギーゼリーの代わりになるか?トレーナーが考察
マラソンやトライアスロンなどの耐久系スポーツにおいては、運動中の栄養補給をどうするかという部分が大切な要素です。人間は、体内に蓄えられている糖質と脂肪をエネルギーに変えることで体を動かします。
糖質と脂肪のどちらも体内の貯蔵量には限界がありますが、脂肪の貯蔵量は糖質よりはるかに多く、運動中に枯渇することはまずありません。それならば、脂肪だけを燃やしてエネルギーとして使用できればよいと思われる方もいるでしょう。
しかし残念ながら、脂肪より先に糖質が使われてしまうためそうはいきません。脂肪を効率的にエネルギーとして使える体質に変えていくことを「ファット・アダプテーション」と呼びますが、それにも限界があります。
「お金で例えると、糖質は財布の現金だと思ってください。たしかにエネルギーの源になる糖質だけれど、どれだけ食事しても身体に溜め込んでおける量は決まっています。このため、使い切ったら元気が枯渇してバテる。そこで頼りになるのが脂質です。脂質はいわば銀行の預貯金。財布の糖質を使い切っても、預貯金を下ろすようにしてエネルギーを補充できます。これが、ファットアダプテーション食事法のメリットです」
持久力がほしいランナーに最適な食事とは? サッカー日本代表・長友佑都の専属シェフがスペシャルメニューを披露 より
比率からすると、強度の高い運動(短距離系)には糖質が、強度の低い運動(耐久系)には脂肪が多く使われます。耐久系アスリートはなるべく脂肪をエネルギーに使用することが理にかなっているのですが、だからといって糖質が枯渇しては体を動かすことすらできません。
水分と同じく、糖質も長時間の運動をするために必要な量を貯蔵することはできません。そのため、どうしても運動の途中で補給をすることになります。
人類史上はじめてフルマラソン2時間切りを達成したエリウド・キプチョゲ選手をはじめ、数多くのエリートランナーがレース中の補給として、高濃度のエネルギー補給粉末『MAURTEN DRINK MIX(モルテンドリンクミックス)』入りのスペシャルドリンクを使用しています。そうして、水分と糖質を同時に補給しているのです。
一般ランナーはスペシャルドリンクを置くことができないため、市販されている糖質ジェル(エネルギージェル、エネルギーゼリー)を携帯することが多くなるでしょう。MAURTEN社も一般ランナー向けの商品として、粉末ではなくジェルタイプの商品『MAURTEN GEL 100』を発売しています。
とても便利な糖質ジェルですが、こうした加工食品を嫌う人は少なくありません。また、そうでなくても食べものの味は好みが分かれ、人によっては費用も問題になります。上述の『MAURTEN GEL 100』は、1袋994円と決して安価ではないのです。
もちろん、これより安い商品もたくさんあります。しかし、フルマラソンなどの長丁場になると、ジェル1袋では足りません。年1度の本番レースならともかく、頻繁に使用するにはいささかハードルが高いと言わざるを得ないでしょう。
そこで、自然食品で糖質を補給する選択肢のひとつとしてジャガイモに着目し、糖質ジェルと比較を行った研究があります。これは、イリノイ大学のSalvador氏らによって2019年12月に発表されました。研究内容を詳しく見ていきましょう。
どんな研究内容か
実験への協力に合意した12人のサイクリング競技者(男性9人/女性3人)に、2時間の中強度(VO2Maxの60~85%)でのサイクリングと、その直後に全速力のタイムトライアルを数回に渡って行ってもらいました。
参加者は実験日の早朝に集められ、運動前の水分と栄養摂取が同条件になるよう管理されたうえで、運動の途中では15分ごとに補給を実施。その補給物を「1)ジャガイモのピューレ」「2)糖質ジェル(PowerBar)」「3)水のみ」のケースに分け、それぞれの異なった補給をした際における競技パフォーマンス及び血中乳酸濃度や血糖値レベルなどの値が比較されました。
なお、1回の補給で摂取する炭水化物の量は、ジャガイモも糖質ジェルも15gに設定されています。
研究の結果は
ジャガイモか糖質ジェルの補給を受けたケースは、水のみのケースに比べて血中乳酸濃度が高く保たれ、タイムトライアルの結果が大きく向上。ただしジャガイモと糖質ジェルの両ケース間には、ほとんど差が生じませんでした。
論文著者らはこの結果を受け、ジャガイモによる栄養補給は糖質ジェルによるものと同等の効果があるとしています。
高価なエネルギー補給商品か、自然の食べものか
この研究では、米国人が好むジャガイモが選ばれています。日本ではレース前におにぎりやお餅、あるいはカステラなどによる糖質補給がよく勧められてきました。市民マラソンのレースでは、コース途中の補給ステーションにさまざまな種類の食べものを用意してくれることも少なくありません。
おいしく食べることができ、しかも高価な携帯エネルギー補給商品と同じ効果があるのなら、私は自然の食べものに軍配を上げたいと思うのですが、皆さんはどうでしょうか。
関連記事:じゃがいもにはどんな栄養がある?食べるメリットとは? スポーツする人におすすめの簡単レシピも紹介[栄養士監修]
・参考文献
Potato ingestion is as effective as carbohydrate gels to support prolonged cycling performance.
Salvador, A. et. al. 2019
https://www.physiology.org/doi/full/10.1152/japplphysiol.00567.2019
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
カリフォルニア在住。公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、コーチング及びスポーツ経営学修士(コンコルディア大学)、CrossFit L1 公認トレーナー、TVT高校クロスカントリー部監督、ラグナヒルズ高校野球部コーチ。著書に『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。【Facebook】
<Text & Photo:角谷剛>