インタビュー
2018年1月26日

常に誰かと競い、マンガの登場人物よりも練習する。京都ハンナリーズ岡田優介『SLAM DUNK』【私のバイブル #3(前編)】 (3/3)

目標は常に2つ掲げていました。小学生の頃から将来の夢は2つで、まずは日本代表に入ること、そして日本一になること。個人目標と団体目標みたいな感じですよね。バスケはチームスポーツなので、日本一のチームでエースになれば、自然と日本一のプレーヤーと呼ばれるようになる。

― 流川もそう言っていました。

そうです。だからどっちを優先とか、そういうのではなかったです。

― では青山学院大学に進学したのも、バスケのチームが強かったからですか? 早稲田大学と迷ったそうですが……。

選び方としてはバスケが強いところ。あと大学の場合は勉強がしっかりできるところっていうのもありました。地元だし早稲田という選択肢もあったんですけど、自分の中でバスケと勉強のどっちが大事かなと考えたときに、当時青学のバスケ部は大学1部リーグにいて強かったんですよね。自分が何を大事にするかっていうところの軸足はバスケだったので、青学を選びました。

― バスケに軸足を置きながら勉強もこなすのは、なかなか難しかったかと思いますが、学生時代にどちらかをないがしろにすることはありませんでしたか?

ないですね。何をやるにも負けず嫌いだったので(笑)。バスケはもちろんやるし、勉強だったらできる奴らとテストで競い合う。『おまえ何点だった?』みたいな。そういう戦いをしてるんですよ、常に。だから手を抜くっていうことはなかったですね。

― クラスでの成績もよかったそうで……。

そこそこよかったですよ。高校はスポーツコースだったのでずっと一番でしたし、中学もトップ5ぐらいのレベル。上位グループと争ってましたね。

― バスケも勉強も、ライバルと競い合って取り組んでいた、と。

学校の勉強をしているというよりはゲーム感覚なんですよね、ぼくの場合は。勉強もクイズと一緒で、クリアしていくと点数が高くなっていく。で、相手と対戦して、みたいな感じが楽しい。高校も大学もスポーツ推薦なので、ぶっちゃけ学校の勉強は取り急ぎの進路には必要じゃなかったので、好きな分野や将来必要だと思える分野を自分で考えて勉強していましたね。

― ご両親から『勉強しなさい』と言われたことは?

一切ないですね。基本的にだれかに『やれ』とか言われるのは好きじゃないんですよ。自発的に、やりたいからやるっていうスタンス。だから親からは何も言われなかったです。たぶん結果を出してるからだと思うんですけど(笑)。

▼後編はこちら

良いと思うものは吸収して自分の一部分に。京都ハンナリーズ岡田優介『SLAM DUNK』【私のバイブル #3(後編)】 | 趣味×スポーツ『MELOS』

[プロフィール]
岡田優介(おかだ・ゆうすけ)
プロバスケットボール選手。1984年生まれ。東京都出身。小学5年生からバスケットボールを始め、青山学院大学を卒業後、2007年にトヨタ自動車アルバルクに加入。その後は、複数球団を経て、2016年シーズンより京都ハンナリーズでシューティングガードのポジションを務める。2009年に日本代表初選出、2013年には一般社団法人日本バスケットボール選手会を立ち上げ、初代会長に就任。プロ選手として活動する傍ら、2010年に公認会計士試験に合格。新日本有限責任監査法人にて非常勤で勤務するなど、二足のわらじをはく。そのほか、私塾岡田優介会計塾の講師、3人制プロバスケットボールチームTOKYO DIMEのオーナー兼選手、渋谷の飲食店Pizza & Sports DIMEの経営など、多方面で活躍している。
◎岡田優介オフィシャルブログ https://lineblog.me/yusukeokada/

[作品紹介]
『SLAM DUNK』(全31巻)
井上雄彦作、青春の汗と涙と笑いが詰まったバスケットボールマンガの金字塔。週刊少年ジャンプにて、1990年から1996年まで連載され、アニメやゲームも制作された。中学3年間で50人の女の子にふられた不良少年の桜木花道(さくらぎ・はなみち)。高校生となった彼は、同級生の赤木晴子(あかぎ・はるこ)に一目惚れ。彼女に気に入られようとバスケットボール部に入部した花道だったが、次第にその才能を開花させていく。
◎集英社マンガネット S-MANGA.net http://www.s-manga.net

©井上雄彦 I.T.Planning,Inc.

<Text:上原純(Office Ti+)+アート・サプライ/Photo:小島マサヒロ>

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