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2018年7月26日

痛みを意識して描いている。たぶん漫画家の中で一番殴られてるんじゃないかな。板垣恵介『グラップラー刃牙』(後編)│熱血!スポーツ漫画制作秘話 #4 (1/4)

 スポーツ漫画の作者にご登場いただき、名シーンが生まれた舞台裏や、あのキャラクターが作られたきっかけなど、制作秘話をお訊きする「熱血!スポーツ漫画制作秘話」。

 第4回『グラップラー刃牙』の板垣恵介先生の後編では、なぜ刃牙シリーズはリアルな描写ができるのか。そこに隠された先生の想いを聞いていきます。さらに先生が、現在注目している格闘家はいったい? 後編も板垣節炸裂でお届けします!

前編:漫画家になってカッコ良く成り上がりたかった。本物の格闘技漫画でね。板垣恵介『グラップラー刃牙』(前編)

一番殴られてきたのは俺だッッ!

― 刃牙シリーズの魅力は前回うかがった個性あふれるキャラクター陣と、あとは先生の画力によるバトルシーンのリアルさという点が挙げられるかと思います。板垣先生がバトルシーンを描く際に意識していることはなんでしょうか?

まず心がけているのは気持ちの良さ。その気持ちの良い動きを描くのに重要なのが、強い「捻れ」と強い「戻し」なんだ。たとえば1発のパンチを打つにしても、まず思いっきり背中を向けるくらいまで体を捻って、そこから体重が相手の方に移動し思いっきり振り抜く。「捻れ」と「戻し」、「たわみ」と「伸ばし」、それを常に忘れないようにして描いている。

― それも、先生が少林寺拳法やアマチュアボクシングを経験していたことで、パンチを打つ、キックを蹴るといった動作のメカニズムが体の隅々まで染み込んで理解できているからでしょうね。総合格闘家の堀口恭司選手が、刃牙のパンチは見ていて本当に効く、痛いパンチだったと。そのリアルさに惹かれたし、実際にそれを参考に練習したとも言っていましたからね。リアルに痛みが伝わってきたのが、自分には合っていたと。

痛みは意識してるよ。多分漫画家の中でいちばん殴られているし、痛みを知っているのは俺じゃないかなと思っている。脳震盪は何度も経験したし、ボディを打たれたらどんだけ苦しいかも知ってる。

よく「根性で立て」っていうヤツがいるけど、オスカー・デラホーヤ*1だってボディを打たれたら、恥も外聞もなくのたうちまわって苦しんだんだよ。その痛みや苦しみは俺の体が覚えているし、ほかの想像で描いている人間には負けるワケないって気持ちはあるよ。

― 経験してきたから殴り方や、蹴り方がわかるという人はいますけど、いちばん殴られてきたから痛みがわかるというのは、なかなか言える人はいないと思います。それを聞いて鳥肌が立ちました。

俺は自衛隊でもひどい目にあっているから(笑)。当時の同期や後輩で定年までいた人たちは、演習の話とかを「あーあれは、けっこうキツかったですね」とか話してるけど、俺にとっては一生を変えるくらいの拷問だった!

だから俺には自衛隊生活を快適に過ごせる才能はなかったんだよ、心も体も。才能がないから受けた痛みはよりキツかったんだ。だから、流す汗や苦痛の取材量は誰よりも多いと自負している。普通に漫画家になったヤツよりは俺の方が痛みを知ってるよ。

― 説得力ありすぎます。痛みはそこまで伴わないとはいえ、週刊連載の作家さんというのもそれなりにハードな生活を送られているとは思うのですが、それこそ寝られない日もあるかと……。

この業界でいう “修羅場”という言葉があるけど、そんなのぜんぜん修羅場じゃないよ。だって座って空調の効いた部屋で、コーヒー飲みながら描いてて眠らないんだから(笑)。

自衛隊には「二夜三日」っていう、3日間寝ないで30kgの荷物を持って、100km歩く訓練があるんだけど、そのときなんか疲労で歩きながら眠ってるんだよ(笑)。途中で幻覚がハッキリ見えるんだよ。それと比べたらぜんぜんだよ。

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