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元・引きこもり少女がプロレスと出会って幸せを掴むまで (1/2)

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 スター選手が次々と現れ、盛り上がりをみせている女子プロレス界。リング上での熱い戦いだけではなく、SNSや配信を通した交流が普及した現在では、選手達が持つ個性もファンのハートを掴む要因のひとつとなっています。

 そんな中、プロレス団体「プロレスリングWAVE」の第9代Regina(WAVEシングル王者)の大畠美咲選手は、学生時代に不登校と引きこもりを経験しました。現在は女子プロレス界のトップ選手の一人として輝く大畠選手は、どんな学生時代を過ごし、何を思いながらプロレスをしているのでしょうか。インタビューで赤裸々に語っていただきました。

引きこもりの自分に嫌気がさしてプロレスのオーディションへ

 現在29歳の大畠選手は、宮城県仙台市出身。小学生時代は活発な子どもで、男子と取っ組み合いのケンカをすることもありました。ただ、人見知りが激しい性格で、複数の小学校から生徒たちが集まる中学校に進学すると、別の小学校から来た生徒に心を開くことができませんでした。

 授業では体育は好きではなく、スポーツ経験はなし。部活は小学校時代につづき、中学校でも吹奏楽部に所属して、チューバを担当しました。ただ中学校3年生の終わりの頃には学校をさぼりがちになります。

 そんな大畠選手は、知り合いが誰もいない学校で人見知りをなおそうと決心し、仙台の全日制の女子高校に進学しました。高校を卒業したらすぐに就職したかったため、資格が取得できる商業科を選びます。決意を持って始めた高校生活でしたが、人見知りの性格は直らず、友達もできませんでした。

 最初の1か月は通ったものの、徐々に通わなくなり、夏休み明けには不登校に。その年の11月まで家に引きこもり、のちに卒業することになる仙台の通信制の高校に転校します。転校と同時にアルバイトをはじめますが、つまらなくなって辞めてしまいました。そして翌年の12月まで再び引きこもります。

 「早く社会に出たくて仕方がなかったです」という大畠選手は、高校2年生の12月に、人見知りの性格を直し、かつ、自立できるようにと、「東京で働くことができる」「寮がある」「人前に出る仕事」という条件で、インターネットで仕事を探します。最初に見つかったプロレス団体「JDスター」のオーディション情報。

「このまま人見知りだったら、私は一生、引きこもるかもと思いました。そんな自分にすごく嫌気がさしました。両親にずっと養ってもらうことにも耐えられなかったんです」

 決意を決めた大畠選手はオーディションを受け、見事に合格しました。

引きこもり時代は「犬の散歩以外、家を出ませんでした」

 オーディションに合格した大畠選手は、東京で寮生活を始め、月に1回、仙台の通信制の高校に通うという生活をはじめます。

「運動はまったくやったことがありませんでしたし、引きこもり時代は毎日10分の犬の散歩以外、家を出ませんでした。それでいて甘いジュースばかりを飲んで、漫画を読んで、ネットサーフィンをして…。あとは寝ていましたね(笑)」

 オーディションを受けるまではプロレスを観たこともなかった大畠選手でしたが、大部屋に2段ベッドが並べられていた東京の寮生活は、目論見通り、「引きこもれない状況でした(笑)」と生活が180度変わりました。ただ、覚悟を持って入ったため、「こんなに厳しいなんて知らなかった」と思うことはありませんでした。

「いきなりプロレスの世界に飛び込んで、母親はびっくりしていましたね。ただ、その前が引きこもりでしたので、『やりたいことを見つけたいのではあればやりな!』と言ってくれました」

 プロテストに2回落ちた後、高校3年生の12月にプロレスラーとしてデビューします。

「デビュー戦自体はまったく何もできなかったのですが、お母さんが花束を持ってリングにあがってくれました。実は、小学校の5、6年から中学3年生まで、嵐が好きでした。お母さんも嵐が好きでコンサートには、2人で行っていたくらい仲がよかった。だからデビュー戦にお母さんが来てくれてうれしかったですね」

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