痛みを意識して描いている。たぶん漫画家の中で一番殴られてるんじゃないかな。板垣恵介『グラップラー刃牙』(後編)│熱血!スポーツ漫画制作秘話 #4 (4/4)
永遠の10秒を高密度でッッ!
― いまやれることという話から、近々「刃牙」シリーズの最新作の連載がスタートするわけですが、正直な話、読者もなぜ“相撲”なのかというところがあるかと思うのですが。
「刃牙シリーズ」はこの試合どうなっちゃうのかを見てみたいと思って描いているという話は(前回)したと思うけど、相撲が何をできるのかというのを、俺がいま見てみたいんだよ。何年も前から、実は相撲ってすげーんじゃねーか? というのを考えていて。あの相撲の10秒というのを、UFCのチャンピオンが止められる気がしないんだよ。1発で倒せるパンチをもってるUFCのチャンピオンでも、打たれるとわかって向かってくる白鵬を止められるとは思えない。多分その10秒は白鵬がやりたいことやれるんだろうなって想像してしまうんだよ。
― きっかけはここ最近の白鵬の無双っぷりを目撃してということなのでしょうか?
いや、5~6年前に朝青龍と会って、握手をしたんだよ。そのときの手の厚みがもう一般人の5倍かってくらいあって、「あ、これ全力で握られたら簡単に俺の手は潰れるな」と思ったの。握手をすると、そこからその人間の持つフィジカル的な容量が伝わってくるんだよ。
空手の中村日出夫先生とかも握手したときにすごかったんだけど、朝青龍はもう別次元で、どれだけの力を持っているのだろうって。もしこの人が暴れ出したら、他ジャンルの人間じゃこれは止められないぞと。朝青龍が本気で潰そうと思って10秒暴れたら、もうこれは阻止できないぞと思ったんだよ。
― 本気の朝青龍が向かってくることを考えたら……考えたくないですね(笑)。
その力士の10秒を高密度で描いてみたいと思ったんだ。まだ実はマッチメイクが1つ決まっただけで、ほかは何にも決めてない(笑)。ただ、曙をはじめ、これまで他競技と戦った力士は旬が過ぎていた。いま旬の力士が、リング上ではなくて路上で10秒。旬の力士ならまわしなんかなくなってなんでもできるんじゃないかな? この10秒はそう簡単に止められない。ほかの格闘家はスタミナ配分とかを考えるけど、力士はその10秒を本気で、すべてを出してくるからね。本気の10秒は長いと思うよ。これは途中で死ぬなと思うだろうね。永遠とも思えるような10秒。これは恐怖だよ。
― 連載開始が楽しみでしょうがないです! 早く永遠の10秒を体験したいです。
ビッグバンが起こったあとの1秒というのは説明をするために100億分の1秒単位で刻んでいかないといけないくらい膨大なことが起こっているとされるわけで、我々の世界というのはそれほど高密度に創造されているわけでしょ。今回の新しいシリーズの世界はそういう風に描きたいなぁ。
掴まれた瞬間に何を思ったのか、掴んだ瞬間に何を感じたのか。喜怒哀楽はどういう局面でどのように内面に生じるのか、そこからどのように変化をしていくのか。それら10秒の中で起こり得る事象を高密度に描けたら、それはきっと読者にとっても幸せな「10秒」になると思ってる。
※編集部注
*1 オスカー・デ・ラ・ホーヤ。1973年生まれ。メキシコ系アメリカ人の元男子プロボクサーで、2004年史上初の6階級制覇王者となった。
[作品紹介]
主人公、範馬刃牙は「地上最強の生物」=父を超えるため、最強を名乗る男達と戦い続ける格闘マンガ。地下闘技場編、最大トーナメント編などで描かれた戦いのシーンに憧れた格闘家も少なくない。第一部の後、外伝はじめ『バキ』『範馬刃牙』『刃牙道』と続き、シリーズ第5部を連載準備中。現在シリーズ第2部『バキ』のアニメがNETFLIXにて先行配信中。TOKYO MX1/サンテレビ/TVQ九州放送/テレビ愛知/KBS京都/北海道テレビにて好評放送中。今年は、刃牙から目が離せない!◎秋田書店 http://www.akitashoten.co.jp
©板垣恵介(秋田書店)1992
[プロフィール]
板垣恵介(いたがき・けいすけ)
1957年4月4日、北海道生まれ。高校卒業後、地元で就職。20歳で退職し陸上自衛隊に入隊、習志野第1空挺団に約5年間所属する。アマチュアボクシングでの国体出場、少林寺拳法二段などの格闘技経験を持つ。その後身体を壊して自衛隊を除隊しマンガ家を志す。30歳のとき、漫画原作者・小池一夫の主催する劇画村塾に入塾。1989年『メイキャッパー』でデビュー、1991年「週刊少年チャンピオン」にて『グラップラー刃牙』連載開始。現在に至る。
<Text:関口裕一/Edit:松田政紀(アート・サプライ)/Photo:有坂政晴(STUH)>