インタビュー
2019年2月16日

ビートたけしと森山未來の名演で浮かび上がる、天才落語家・古今亭志ん生の姿。落語指導・古今亭菊之丞が語る『いだてん』の魅力 (2/3)

破天荒な志ん生をたけし節で。森山未來も若き日の志ん生を好演

――志ん生役のたけしさんの印象は。

最初は物静かな印象でしたが、この人はしゃべれる相手だとわかると、うわ~っと(笑)。しゃべるのは、ほぼ落語の話です。撮影でカットがかかっても、ご自分の楽屋で休むのではなく、撮影セットの寄席の楽屋で「あれってどういうことなの。これってどうなっているの」って。

たけしさんは、この大河がスタートする前に『やっぱ志ん生だな!』という著書を出版されていて、「読みました」と目の前に本を出したら照れちゃって。「どうだったって」って聞かれたので、「目からうろこです、私たちが思っていることが全部書いてあります」と答えたら、ものすごく喜んでくださいました。寝る前にずっと落語を聞いているらしくて、実際にお話しすると、どうしてそんなことまで知っているのって思うほど落語に詳しいんです。

――落語指導は、どのようにされていますか。

ドラマでは、たけしさんの落語の場面は、実はそれほど多くないんです。ナレーションの部分が多いですから。たけしさんは下町の方だし、イントネーションも直すところはほとんどありません。指導といっても、出囃子のちょうど終わりにお座りになれるように、曲のどのタイミングで出ればいいか陰でキューを出すことと、あとは扇子の置き方ぐらい。落語そのものについてお教えすることはほとんどなかったですね。

たけしさんはね、寄席のセットで小噺をやるんです。カメラの回っていないところで。どうして? と聞いたら「だって、お客がいるから」って。お客といってもエキストラじゃないですかというと「エキストラだって客だ」って。うちで小噺の稽古をしてくるんです。で、小噺を3つ4つやるんです。

2日連続で撮影があるんですが、たけしさんは高座に上がってエキストラに「昨日来てた人いる?」って聞くんです。何人か手を上げると「昨日の噺、できないじゃん」って。芸人魂ですよね。お客がいると燃えるんですって。すごいなと思います。

――志ん生とたけしさんの共通点はありますか

志ん生師匠は、普通の会話をしていても落語になっちゃう。どうしゃべっても芸になってしまう。そこがたけしさんと相通じるところでしょうか。志ん生なら、たとえ間違えてもOKなんです。「え~、大正から明治にかけて」なんてことを平気でやる。なにをいってもいい、そこがすごい。私たちにはまねのできない志ん生ワールドです。たけしさんもどうしゃべってもおもしろい。セリフを覚えるのは大変だと思いますが、愉しんでやっていらっしゃる。

▲志ん生の若かりし時代の美濃部孝蔵を演じる森山未來さん

――若き日の志ん生役・森山未來さんはいかがですか。

実は、撮影に入る前に「僕は関西出身なんですが、のちにたけしさんになるような役ができるでしょうか」と未來くんから相談があったんです。じゃあ浅草で飲むかという話になって、下町で育った人がやっている小料理屋に行きました。そこに、先代中村勘三郎や市川團十郎、坂東三津五郎と一緒に遊んでいた浅草の芸者さんを呼んで。どうやったら、下町の人間をできるようになるのでしょうって飲んで。

最終的な結論は、あまり深く考えない。あまり江戸っ子江戸っ子しちゃうと、逆にそうは見えなくなる。だから、自然にやろうよと。金栗四三と一緒、“自然に従え”です。イントネーションの違いは私が直すからって。そうして撮影に入りました。そして今見事に、若き日の志ん生・孝蔵をやっていらっしゃる。素晴らしいです。

落語家が出てくるドラマを見ていると、違和感を覚えるものがあるんですが、それは落語家を“演じて”しまっているからなんです。だから、『いだてん』では役者さんに、「演じないでください。自分の言葉でやってください。少しぐらい台本を逸脱したってかまいません」とお伝えしています。ご本人がしゃべりやすいようにやったほうがいいと思うので。役者さんはしっかり台本を覚えてきますが、あんまりそこに重きを置かないでください、自然にやりましょうと。

――若い世代にも『いだてん』を通して、落語にも注目してもらえるとよいですね。

古今亭志ん生という名前が消えて45~46年になります。若い世代は知らないでしょう。映像もほぼ残っていませんし。若い世代に、志ん生という名前と、どういう人だった、どういう落語をやっていたんだということを知ってもらえるのがうれしいですね。

たけしさんも「志ん生という名前が、オレを通して今の人たちに知られればいい」とおっしゃっています。ああいう破天荒な芸人は、今はもう出てきません。だって、酒飲んで高座で寝ちゃったり、関東大震災の時は「酒が地面に飲まれちゃいけない」って酒屋に飛び込んでいったり、空襲が怖いからって満州に逃げたり。そんなこと、いまやったら大変ですよ。

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