インタビュー
2019年2月25日

生田斗真『いだてん』インタビュー。「宮藤官九郎さんには必ず服を脱がされるんです」。東大卒&運動神経万能・三島弥彦の心技体を表現するために (3/4)

ストックホルムで苦楽を共にして芽生えた、四三と弥彦の絆

—— 次回放送の第9話ではいよいよ弥彦と四三がシベリア鉄道でストックホルムに向かいますが、実際にストックホルムで行われたロケはいかがでしたか。

本当に貴重な体験でした。100年前のストックホルムオリンピックで実際に使われていたスタジアムで、弥彦さんや四三さんが実際に走ったトラックを走るというのは、何にも変えられないものだったと思います。

ストックホルムのロケは2018年の8月だったのですが、撮影は4、5月から、トレーニングはもっと前から始まっていたので、現地の土を踏みしめたとき「ああ、この時のために一生懸命がんばってきたんだな」という思いがぐっと込み上げてきました。

—— ストックホルムのロケで印象に残っていることはありますか。

今後の展開になるんですが、弥彦がストックホルムオリンピックに出場して400メートルを走る場面があるんです。そのシーンはドキュメンタリータッチの撮影で、実際に400メートルを走ったあと、カメラを止めずにそのまま走り切ったお芝居を続ける流れだったので肉体的にかなり大変でしたね。でも、大変な思いをしたからこそ、リアルで見応えのあるシーンになっていると思います。

—— ストックホルムオリンピックが『いだてん』の大きな要の一つだとおっしゃっていましたが、世界との壁を見せつけられる大事なシーンでもありますよね。日本では誰よりも足が速く、スーパーエリートとして君臨していた三島弥彦にとっては苦しいこともあったと思いますが。

ストックホルムでは当然外国人の俳優さんとも一緒にお仕事をしていたんですけど、やっぱり圧倒的に体が大きくて、足も速い。僕たち現代人は普段から外国の方と触れ合っていて、当たり前に知っていることでも、100年前の弥彦さんと四三さんにとっては「とんでもないところにきてしまった」という衝撃だったはずです。しかも、たった2人で。

弥彦さんは、ストックホルムオリンピックで複数種目にエントリーするんですが、最初の種目に出てすぐに世界との壁を感じるんですね。そして、最後は次に進んでも勝ち目がないということで棄権を決める。尋常じゃないほどの敗北感や屈辱をたくさん味わったのだろうと思います。弥彦さんも四三さんもボコボコにやられて、体力的にも精神的にも「これは西洋人には勝てないや」と思って帰ってくるんですけど、本当にそこからたくさんの努力と思いがあって、日本がここまで強くなるんです。これは今後描いていく場面なので、楽しみにしていて欲しいところの一つかなと。

—— 四三と弥彦の絆というのも、そのような苦楽を共にしたからこそ深まったものなのかもしれないですね。生田さんと勘九郎さんの絆が深まったエピソードなどあれば教えてください。

ストックホルムでのロケはスケジュールに余裕があったので、ほとんど毎日夜ご飯を一緒に食べたり、空き時間に美術館を回ったりしていました。あとこれは少し話がそれるんですけど、街中に遊園地があって、ロケが昼過ぎに終わった日に勘九郎さんとスタッフと行こうって話になったんですよ。それで試しに竹野内豊さんを誘ってみたら来てくれて。勘九郎さん、僕、竹野内さんでフリーフォールに乗って、勘九郎さんの「ああ怖い、どうしよ」という声と、竹野内さんのあの「はっはっは」といういい声に挟まれながらタワーを登っていくという。まさか竹野内さんも一緒に遊園地に来てくれるとは思っていなかったので、あれは絆が深まりましたね(笑)。

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