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生死を問うバーベルがひらめきを生む。Pepperに感情を与えた研究者・光吉俊二に聞く武道の魅力(前編) (1/2)

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 コミュニケーションをとることができる人型ロボット「Pepper」の感情エンジンを生み出した研究者を取材しました……とここまで言われてなんとなく、線の細い研究者が思い浮かんだ人も多いのでは?

 実は「Pepper」を生み出した研究者の光吉俊二さん(東京大学大学院工学系研究科特任准教授)は写真の通りのマッチョ。幼少の頃から空手家で格闘家を目指していたほどの腕前で現在でも毎日筋トレを欠かさないそう。

 現代のレオナルド・ダ・ヴィンチと称される光吉さんの格闘技の魅力について前後編でお届けします。前編では格闘技に目覚めたきっかけ、また現在のトレーニング方法などをインタビューしました。

始めるのに理由はない。ただ好きだから

―幼少の頃から空手をされていたそうですが、きっかけは?

近所に武道館があったので6歳の頃に空手を始めました。その頃ブルース・リーへの強烈な憧れもあって通い始めただけで、始めたことに理由はありません。ただ近くに武道館があって、ブルース・リーが好きだっただけです。男は好きになるのに理由はありません。たまたま練習も苦にならなかったし、日常の一部になりました。当時ピアノも習っていたので母親はリチャード・クレイダーマン(※1)のようなピアニストになって欲しかったようですが(笑)。

※1 美男子として知られるフランス人ピアニスト。日本では1981年、化粧品メーカーのCMソングに使われた「愛のコンチェルト」でその名を一躍有名にした。

―空手を始められた後はボクシングもはじめられましたよね。

そう、大学の時。コミュニケーション下手だったから、コミュニケーションの一環として、ボディコンタクトのできるスポーツをしてみたくなったんです。要はリアルファイトをしてみたくなっただけなんですけど。人の顔を殴るって一種のコミュニケーション方法ですからね。

1年間、真面目に部活に打ち込んだら、ちょっとは克服できるように。そしたら今度はモテたい欲求が強くなっちゃって(笑)。2年生の頃からモテたいから車欲しさに始めたアルバイトの方が大事になった時期もありましたよ。信じてもらえないかもしれないけど、元・オリーブ(※2)男子だから。

※2 1982年に発行されたおしゃれに敏感な若者が愛読していた雑誌。『anan』『BRUTUS』『POPEYE』などで知られるマガジンハウスが出版。

―今の姿からは信じられません(笑)。

でしょ、同窓会に行っても気付かれない(笑)。

―でもオリーブ男子時代もトレーニングは続けられていたんですか?

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