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プロサーファー新井洋人「世界で勝負できるようにならなければ、メダルなんて考えられない」(前編)│サキドリ!ROAD TO 2020 #2 (1/2)

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 東京五輪まであと3年。これから先、代表権獲得に向けた戦いは本格化していくことが予想されます。そこで本企画「サキドリ!ROAD TO 2020」では、今後の活躍が期待される注目アスリートにインタビュー。競技の魅力はもちろん、実際に各競技を楽しんでいる人へのヒントになる上達のコツやヒントに迫ります。

 第2回に登場するのは、プロサーファーの新井洋人さん。2007年、若干12歳でオーストラリアに渡り、以降は活動の拠点を海外に。今もっとも世界トップに近い日本人選手のひとりとして注目を集めています。そんな新井さんは、どのようにサーフィンを楽しんでいるのでしょうか? サーフィンを始めたきっかけから話は始まります。

生まれてからずっとサーフィンライフ

——サーフィンを始めたのは、両親の影響が大きかったんですか?

 そうですね。うちは両親ともサーフィンをしていたので、たぶん0歳の頃から海に入っていて、その流れで自然と始めたんじゃないかなと思います。けっこう記憶があやふやですけど(笑)。本格的にやるようになったのは5歳くらいからですね。

——その頃からけっこうな頻度で海に行くようになっていたんですか?

 うちは毎週末になると家族でサーフィンに行くのがライフスタイルなんですね。だから、波があるときは必ず海に行ってました。18歳になって免許を取ってからは自分で運転して行くようにもなったし。

——大会に出場するようになったのはいつ頃からなんですか?

 初めて出場したのは小2か小3くらいですね。それからは毎年の夏休みは週末どこかの大会に出場していました。

——いろんな地域で大会に出場していたんですか?

 神奈川、千葉、静岡、茨城、あとは仙台とか九州の方にも行ってたかな。ほんとにいろんなところでやりましたね。

——各地を回るとなると、それなりの気力や体力も必要になると思います。試合に出るモチベーションはどこにあったんですか? 

 初めて出場したビギナーの大会で4位になってトロフィーをもらったんです。それがすごくうれしくて。それからは親に「来週どこどこで大会あるよ?」って聞かれたら「出る」っていう感じで各地に足を運ぶようになりました。だから、あんまりモチベーションを保っている感覚もないんですよ。とりあえず楽しいから出場していたという感じで。いろんな人にも出会えますしね。

——出場すること自体が楽しかったんですね。

 そうですね。その頃はサーフィンをやる子どもの数も少なかったから、大会に行くと大体同じ面子が集まるんです。だから友人と遊びに行く感覚で試合に出ていました。

年間4分の3が海外。でも飛行機は苦手

——現在は海外の試合に出場することが多いと思います。日本にいることも少なくなっていますよね。

 ちゃんと計算したことがないので詳しくはわからないですけれど、合計したら日本にいるのは大体1年のうちで3ヶ月くらいじゃないですかね。1試合が2週間弱くらい。それが2試合、3試合と続くと2ヶ月くらいは帰ってこないです。

——4分の3くらいは海外なんですね。日常が旅のようです。

 そうですね。ただ、未だに飛行機は嫌ですけれど(笑)。

——何が嫌なんですか?

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