2020年12月10日

ナイキの動画について│連載「甘糟りり子のカサノバ日記」#56

 アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニス、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。

 今回はナイキジャパン(NIKE)が11月末に公開した動画について。「アスリートのリアルな実体験に基づいたストーリー」として描かれたその動画は、賛否を巻き起こすものでした。

みんな、今を生きている

 どうしてこれが炎上するんだろう?

 というのが、私の率直な感想。ナイキジャパンの PR動画に関しての騒動です。

 ご存知の方も多いと思いますが、“動かし続ける。自分を。未来を。”と題されたその動画の主な登場人物は3人のティーンエイジャー。全員女の子で、1人は韓国系(チマ・チョゴリを着ている場面がある)、1人はアフリカ系、もう1人はどうやらいじめを受けている様子。3人とも世の中や学校になじめず、自分の居場所はどこにあるのだろうと悩んでいます。ナレーションは問いかけます、いつか誰もがありのままで生きられる世界になるんだろうか? と。でも、そんなの待っていられないよ、と彼女たちはいう。そりゃあそうだと私でさえ思います。だって、彼女たちも私たちも「今」を生きているんですからね。

 3人ともサッカーをしていて、ボールを追いかけている姿は生き生きとしています。世の中を追い越すように、ボールと一緒に走っていくのです。

 まあね、私の説明なんて野暮ですから、ぜひこの動画をググってみてください。

 これには大坂なおみ選手と永里優季選手が特別出演しています。永里選手の出方がおしゃれなんですよね。さらっとさりげなくて、でも印象的。振り向きざまの、あのセリフがかっこよかったなあ。私なんかはどうしても2011年のワールドカップ優勝が頭にこびりついているから、「え、今の永里?」なんて思ってしまいました。あの時の興奮がちらっとよみがえったりなんかして。

 さて、ナイキの動画ですが、これを書いている12月10日でYouTube再生回数は110万を超えています。高評価(GOOD)が8.9万に対して、低評価(BAD)が6.8万もついているのに驚きます。批判的な意見はだいたい「日本人が差別していると決めつけている」とか「世界に日本の恥を宣伝しているようなもの」とか「まるで日本中に差別がはびこっているようではないか」というのです。

しかし、正直いって、まだまだ日本に人種差別ありますよね。残念ながら。昭和に比べたらほんの少しはグローバルになったのかもしれませんが、やっぱり「日本人ではない」人たちに対してネガティヴな感情を抱く人が少なくない。それも、同じアジアの国の人たちへの。

 否定する人たちはそもそも「日本人」の定義をどう捉えているのでしょうか。大坂なおみ選手が全米オープンテニスで優勝した時に論議を呼びましたが、生まれた場所、育った場所、両親の国籍(もっと言うと祖父母や曽祖父母の国籍)、使っている言語、住んでいる場所、それらがぜーんぶ日本じゃないと日本人と認めてはいけないのだろうか。

 もう、そういうのやめましょうよ。

 私は、日本以外の国に住んだことはありませんが、ここはいい国だとは思います。安全だし、いたるところに美しい景色があるし、食べ物はすばらしいし、書き出したら数え切れないほど誇らしい文化がたくさんあります。日本特有の謙遜するという文化も嫌いではありません。でも、みんなの考え方にもっと柔軟さがあってもいいのではないでしょうか。

 ナイキの動画で、少女たちはこうつぶやいています。

「みんなに好かれなくちゃいけないの?」
「我慢しなくちゃいけないの?」

 いやいや、しなくていい。自分自身のままでいいと私は思います。

 この動画騒動では「日本」ひいては「人種」ばかりが取りだたされましたけれど、女子でサッカーというところも、ナイキからのメッセージかもしれません。サッカーは男女では境遇がかなり違いますよね。もちろん「見たい」と思う人の数がビジネスにつながります。乱暴に平等をわめく必要はないけれど、どんな競技でも男女差を考えることは必要だと思います。埋めようとする意思こそ、競技の発展につながるはずです。この動画はそういうきっかけになるのではないでしょうか。

 さて、今回に関して読み直した本があります。『アイデアの発見』で、著者は杉山恒太郎さん。電通で数々のヒットCMを手がけた方です。この本は、杉山さんが世界各国の中から「世界を変えた広告」を選び、それについて述べられています。私はこの本に、CMというのは単に商品の情報を伝えるのではない、いたずらなアートでもない、企業の意思を伝えるためのものだと教えてもらいました。

[プロフィール]
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
神奈川県生まれ、鎌倉在住。作家。ファッション誌、女性誌、週刊誌などで執筆。アラフォーでランニングを始め、フルマラソンも完走するなど、大のスポーツ好きで、他にもゴルフ、テニス、ヨガなどを嗜む。『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』のほか、ロンドンマラソンへのチャレンジを綴った『42歳の42.195km ―ロードトゥロンドン』(幻冬舎※のちに『マラソン・ウーマン』として文庫化)など、著書多数。GQ JAPANで小説『空と海のあわいに』も連載中。近著に『鎌倉の家』(河出書房新社)『産まなくても、産めなくても』文庫版(講談社)

《新刊のお知らせ》

幼少期から鎌倉で育ち、今なお住み続ける甘糟りり子さんが、愛し、慈しみ、ともに過ごしてきたともいえる、鎌倉の珠玉の美味を語るエッセイ集『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)が発売中。

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<Text:甘糟りり子/Photo:編集部>