ランニング中に足がつるのは「脱水」や「電解質不足」が原因ではない?最新研究から明らかになったこととは
ランニング中に足が攣ったことはないでしょうか。マラソンレースの後半、よく「30キロの壁」と呼ばれるあたりでふくらはぎやハムストリングスにピキッと痛みが走り、筋肉が変形してブルブルと震えるような症状です。そうなると、もう走りたくても走れません。痛みが治まるまで、トボトボとコースを歩くことになるでしょう。
狙っていた目標タイムが遠のいていくいもかかわらず、沿道の人から「がんばれ〜」など声援で煽られることもあるはず。痙攣(けいれん)はランナーにとって、悪夢のひとつと言えるのではないでしょうか。
痙攣が起きてしまったとき、ランナーの多くは自分が「水分不足による脱水状態」か「ナトリウムなど電解質の欠乏」だったのではないかと疑います。これは以前から、この2つが痙攣の原因だと広く信じられてきたからです。ところが最近のいくつかの研究で、ランニング中に起こる痙攣の原因は他にあるのではないかと指摘する説が注目を浴びています。
痙攣を起こした人は脱水状態にも電解質不足にもなっていなかった
2020年8月に発表された最新論文(*1)では、98人のマラソンランナーを対象にレース前後の血液と尿サンプルを採集し、検査しました。88人が完走し、20人がレース中かゴール直後に痙攣症状を起こしたそうです。
痙攣を起こしたグループは、レース後のクレアチンキナーゼ濃度と乳酸脱水素酵素レベルの数値が非常に高くなっていました。この2つの生体反応は、筋肉に深刻なダメージがあったことを示しています。ところが、痙攣を起こしたグループと起こさなかったグループの間で、体内水分量と電解質濃度には有意の差はありませんでした。つまり、ランニング中に痙攣を起こした人は起こさなかった人と比較して、脱水症状にも電解質不足にもなっていなかったのです。
レース中こまめに水を飲むことに加えて、塩タブレットを舐める、スポーツドリンクや経口補水液などで電解質を補給することを、多くのマラソン指南書が推奨しています。水分や電解質を適切に補給することは、身体を守るうえで大きな意味があるでしょう。しかし少なくとも痙攣のリスクを軽減する効果までは期待できないようです。
コンプレッション・ソックスにも筋肉へのダメージを減らす効果はない
先の論文では、痙攣を起こしたグループにはより多くの筋肉へのダメージが認められました。それでは、ランニングによる筋肉のダメージを減らすにはどうしたらいいのでしょうか。一時期、膝から下をぴっちりと覆う長い靴下、「コンプレッション・ソックス」を身につけるランナーが急増しました。これは、今でも人気のランニング・アイテムのひとつです。ふくらはぎを圧迫(compresss)することで、筋肉のブレが軽減される。すると着地の際に生じる衝撃が和らぎ、結果として筋肉へのダメージを減らす効果がある。一般的にはそう言われています。
ところが、このコンプレッション・ソックスの効果についても、疑問の声を投げかける研究論文がいくつか発表されているのです。2018年に発表された論文(*2)では2013年のハートフォード・マラソンを走るランナーから、コンプレッション・ソックスを着用した10人と着用しなかった10人をランダムに選出。血液サンプルをレース24時間前とゴール直後、そして24時間後の3回に渡って採集し、クレアチンキナーゼ濃度を比較解析しました。
その結果、両グループの間でクレアチンキナーゼ濃度の変化に大きな違いはありませんでした。論文著者らは結論として、コンプレッション・ソックスを着用しても、レース中及び24時間後の筋肉へのダメージを軽減する効果はないとしています。
もちろん、コンプレッション・ソックス着用による悪影響があるわけではありません。そのため、保温やおしゃれのために用いるのであればまったく問題はないでしょう。
痙攣を予防するには「レース前の努力」と「レース当日の注意深さ」
栄養補給や服装で痙攣を予防できないない。そうなれば、あとはいかに筋肉へのダメージを軽減するかにかかってくるようです。私自身も含めて、多くのランナーはレース終盤に痙攣が起きやすくなります。つまり、筋肉が極度に疲労した状態です。その状態でペースを上げようとすると、筋肉の収縮に神経が追いつかなくなるのでしょう。
こう言ってしまえば身も蓋もありませんが、長距離を走る以上、ある程度の筋肉へのダメージは避けられません。ならば、それに耐えられる身体を作りあげるしかないということ。つまり、レース前に筋持久力を十分に鍛えておくことが、遠回りであっても最良の痙攣予防策なのかもしれません。それは走り込みであっても、筋トレであっても構わないでしょう。
そしてレース当日になったら、過信や過度の思い込みは禁物です。自分の実力をしっかり見極め、けっしてそれ以上にペースを上げないこと。これが、筋肉に過大な負荷をかけない意味で大切になります。私自身、目標タイムのペーサーに抜かれ、追いつこうとペースを上げた途端にふくらはぎが悲鳴を上げた苦い経験があります。
参考文献:
*1.
MuscleCrampingintheMarathon
DehydrationandElectrolyteDepletionvs.MuscleDamage.
Martinez-Navarro,I.etal2020
https://journals.lww.com/nsca-jscr/Abstract/9000/Muscle_Cramping_in_the_Marathon__Dehydration_and.94274.aspx
*2.
TheInfluenceofCompressionSocksDuringaMarathononExercise-AssociatedMuscleDamage.Zaleski,A.etal2018
https://journals.humankinetics.com/view/journals/jsr/aop/article-10.1123-jsr.2018-0060.xml
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。IT関連の会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務める。また、カリフォルニア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。
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<Text:角谷剛/Photo: Getty Images>