インタビュー
2024年2月7日

サッカー元日本代表・槙野智章さんに聞く、“トップアスリート”になる条件

幼少時よりサッカーに目覚め、サンフレッチェ広島時代を経てFCケルンに移籍し、浦和レッズ、ヴィッセル神戸と活躍の場を移しながら、多くのサッカーファンの心を捉え魅了してきた槙野智章さん。今回は、誰よりもサッカーを愛し、サッカーを愛してくれる人たちを愛し続けている槙野さんのトレーニング事情にZOOM IN!

現役時代に「身体がキツいときほど筋トレをする」と豪語した槙野さんが、少年時代から心がけてきたこと、現役を引退した今も続けていることなど、トップアスリートになるために必要不可欠だったトレーニングや生活習慣について、お話をお聞きしました。

睡眠・食事・運動。大切な要素はこの3つ

―サッカー日本代表に選ばれ、日本を代表するサッカー選手として活躍されてきた槙野さん。トップアスリートになるために、ズバリ、必要なことは何だと思いますか?

大切なのは「睡眠・食事・運動」の3つ。現役中はもちろん、引退してからは一層、この3つに心を配った生活をしています。

現役中はある意味、ラクでした。というのも契約書にサインをした瞬間から、その後数年のスケジュールが決まっているので、その流れに沿って自分ができること、やるべきことをすればよかったんです。

明日は何時から練習がある、いつどこで試合がある、遠征に行くのはこの日……って計画されているので、練習前には朝ごはんをしっかり食べる、練習が終わったら試合に向けて再度トレーニングを行うなど、当たり前のようにルーティーンに組み込んでいましたから。

でも、引退したらそうじゃない。仕事の合間にトレーニングを組み込み、自分で全て管理しなければならない。睡眠は何時間必要か、食事内容をどうするか、どうやって体を整えていくか――健康に関する意識は、現役以上に今のほうが強いですね。

僕自身、今もとくに気を遣っているのが「睡眠」です。オーダーマットレスや枕を使うのはもちろん、掛け布団の重さにもこだわり、ほんのわずかな光も入らない暗闇の中で休み、質の良い睡眠をとるよう心掛けています。

―プロサッカー選手として活躍するために、幼少期から心がけていたことは?

これを言うと多くの方に驚かれるんですが、僕、小学生から中学2年生まで、背の順で整列する際、1番前だったんですよ。でも、サッカーで強くなりたくて、この小柄な体格をどうしたらプレーで活かせるのか、そればかり考えていました。

サンフレッチェ広島のジュニアユースに入ったとき、チームが栄養学習を始め、その講義を親とともに受けさせてくれたことがきっかけとなり、肉体改造に専念。練習後にどういったものを食べればいいか、どういうトレーニングをすれば体が大きくなるか、そうしたことを教えていただき、プロになる基礎を作ることができたと思います。

―フィジカル面で、鍛えておいてよかったと感じた場所は?

お尻です。もう、ダントツでお尻。ここを鍛えることで、瞬発力が上がります。

ただ、お尻を鍛えるのってすごく難しくて。少しでもフォームが誤っていると、違うところに刺激がいって、お尻自体が鍛えられていない、なんてこともあるんです。

実は僕もそうして誤っていた一人。お尻を鍛えているつもりなのに、全然効かないなぁ、楽勝だなぁ、なんて思っていたら、実は腿のトレーニングになっていた、なんてこともありました。

―サッカー選手の中で、お尻が鍛えられているな、と感じる選手はいますか?

長友佑都さんですね。あの人のお尻と、そのために行われるトレーニングは本当にすごい。類を見ないすごさです。

―では、お尻とともに鍛えたほうがいい場所はありますか?

腿裏の筋肉ですね。お尻と腿裏、この2つは車でいうところの「アクセルとエンジン」で、どちらが欠けてもダメ。

日本人は持って生まれた体質的に、体の前面の筋肉が付きやすいんです。サッカーにおいても、日本の選手はギュッと止まることができる人は多いのですが、前に早く走れる人が少ない。逆に海外の選手は背面の筋肉が強いので、グイグイ進んでいける。もちろん、競技によってメリット・デメリットがあるのでどちらが良いということはないのですが、サッカーに関してはボールに素早く対応でき、速く動くこと、速く走ることが求められるので、お尻と腿裏、この2つは必ず鍛えておきたい部分になります。

―ポジションによって、鍛える場所は違いますか?

もちろんです。三苫薫さん、久保建英さん、堂安律さんたちのようにゴールを狙いに行くポジションにいる選手は、足がスラリとしている人が多いんです。逆に、吉田麻也さんや富安健洋さんのようなディフェンダーは、相手の動きについていくために“止まる力”が必要なので、圧倒的に腿前の筋肉を必要とします。僕はフォワードもディフェンスもどちらもやっていたので、腿前も腿裏も鍛えていました。

トップアスリートを目指すために、柔軟な肩と体幹づくりも欠かせない

―プロサッカー選手を目指したいと考えている人に、おすすめのトレーニングや運動はありますか?

2つあるのですが、1つは「水泳」です。肩甲骨を柔らかく動かせるように鍛える、という点では、水泳の右に出るものはないと思います。

肩甲骨を柔軟にすることは、サッカーにおいてすごく大切なんです。サッカー選手は自身のプレイエリアを確保するために相手選手とぶつかることが多く、肩甲骨周りが固い人が多いんですよ。でも、肩甲骨の力を抜くことができれば、ぶつかった際にダメージを受けることなく、スルスルっと抜け出すことができるんです。

水泳選手が泳ぐ前にぐるぐると肩回りを回しているシーンをTV等で見ることがあると思うのですが、あの柔軟さが大事なんです。ネイマール、ロナウド、メッシ、こうした名だたる名プレイヤーは皆、引っ張られようがぶつかられようが、肩の柔軟性を活かして抜けていくんですよ。三苫薫さんや伊藤純也さんなどもそうですね。僕は「抜け感」って言っていますが、脱力してプレーできることはかなりの強みになります。

―では、もう1つは?

「体操」です。体幹とバランス力が鍛えられるので。伸び悩んでいて、これ以上鍛える方法が分からないという方は、ぜひ、水泳と体操、この2つをトレーニングに加えてください

身体づくり以上に大切なもの。それが「メンタル」

―ユース時代、現役時代、そして今に至るまでの間で、「やってきてよかった」と思うトレーニングは?

「メンタルトレーニング」ですね。

身体を鍛えることは、言い方は悪いですが、誰にでもできることだと思うんです。今はあちこちにジムがあり、マシンがあり、トレーナーもいる。でも、たとえどんなに身体を鍛えても、どんなに練習を繰り返しても、メンタルが伴っていなければダメ。

僕は過去、すごく良い資質・素材を持っているのに、メンタルが弱くて実力が発揮できず、伸び悩んだ選手をたくさん見てきました。鍛えるのであれば、心身ともに鍛える必要があるんです。

僕はたまたま中学生時代にメンタルトレーニングについて知ることができ、高校3年間、みっちりとトレーニングを受けられました。日本代表に選ばれるに至った理由の1つが、このメンタルトレーニングだったと感じています。

―槙野さんが行ったのは、どのようなメンタルトレーニングですか?

僕がしていたのは「自己催眠」と言って、自分自身に暗示をかけて脳を騙すというトレーニングです。試合の前には、失敗への不安やプレッシャーから緊張感が襲ってきます。とくにプロになると何万人という大観衆の中で試合をしなければなりません。どうやってプレーしよう? って考えるだけで、足がすくんでくるんです。

こうした「どうしよう?」という状況の中では、脳を騙す以外に心を安定させる方法はありません。

サッカーでお世話になった方から、こんな話を聞いたことがあります。

人間の脳の中には悪い狼と良い狼の2匹がいて、常に戦っている。どちらの狼が勝つかは、自分が与えるエサ次第で、ひがみや嫉妬、劣等感、怒り、といったネガティブなエサを与えてしまうと悪い狼が勝ち、喜びや希望、優しさといったボジティブなエサを与えれば良い狼が勝つ。

サッカーにおいてもまさにこの通りで、ネガティブな思いを抱いてしまったら勝てる試合も勝てなくなるんです。

古くからある言葉に「心技体」というものがありますが、今、最も重視されるのが「心」です。もちろん、心が弱い選手が上に行けない、ということはないでしょう。ただ、上に立つ人たちは皆さん、間違いなくメンタルの使い方が上手ですね。

そうそう、先日のサッカーW杯カタール大会で、日本がドイツに勝利しましたよね。あのニュースを聞いて、皆さんは「ドイツに勝った! すげぇ!」って思われたかもしれませんが、選手たちは「勝って当たり前でしょ。俺たちのほうが強いんだから」って思っていたはずです。それくらい、日本代表の選手たちはメンタルが強い。この「心」の強さが、強豪国を撃破するパワーをもたらすんです。

―ありがとうございました。最後に、MELOS読者で、これからスポーツ選手を目指す方にメッセージをお願いします。

よく「誰しもスタートラインは同じ」という言葉を聞くと思いますが、スタートラインは決して同じではありません。そうした中で抜きん出ようと思うのであれば、チームメイトが勉強や遊びに精を出しているときに、鍛えることが大切です。

スポーツも、勉強も、遊びも、すべてを手に入れるのは無理な話。いろいろなことを犠牲にしなければ、トップアスリートにはなれませんし、実際、僕も本当にたくさんのことを犠牲にしてきました。

厳しい環境に身を置いている人ほど、伸びます。誰よりも強くなりたい、誰にも負けない自分になりたい、そう思うのであれば、ぜひ、進んでキツい環境に身を置いてください。もちろん、メンタルトレーニングも忘れずに。

最後にモノを言うのは、練習量とメンタルですよ!

プロフィール

槙野智章

1987年5月生まれ、広島県出身。00年にサンフレッチェ広島Jr.ユースに入団。以降11年間広島でプレーし、チームの中心選手としてリーグ戦に全試合出場する。
10年にJリーグ・ベストイレブンに選出。年間で34試合に出場し、警告や退場は1度もなく、フェアプレー個人賞を受賞する。同年12月ドイツ・ブンデスリーガ1部の古豪1.FCケルンに入団。戦いの舞台を欧州へ移した後、12年浦和レッドダイヤモンズに移籍する。21年、10年在籍した浦和からの退団を発表。ラストゲームとなった天皇杯決勝では、劇的ゴールを挙げ有終の美を飾り、22年ヴィッセル神戸に移籍。開幕戦となった名古屋グランパス戦でJ1通算400試合を達成する。
そのシーズン終了後に電撃的に引退を発表し、槙野劇場の第2章と題し指導者としてのキャリアを歩むべく、サッカーを通じてYoutubeチャンネルや自身のSNSで様々な事を発信するほか、Jリーグで指揮を執ることが可能となる「S級ライセンス」取得を目指している。

<Text:和栗恵/Edit:TRIADICJAPAN/Photo:TOSHIYUKI MAEGAWA>