インタビュー
2024年10月11日

サッカー元日本代表・槙野智章さんに聞く、“トップアスリート”になる条件 (3/3)

トップアスリートを目指すために、柔軟な肩と体幹づくりも欠かせない

―プロサッカー選手を目指したいと考えている人に、おすすめのトレーニングや運動はありますか?

2つあるのですが、1つは「水泳」です。肩甲骨を柔らかく動かせるように鍛える、という点では、水泳の右に出るものはないと思います。

肩甲骨を柔軟にすることは、サッカーにおいてすごく大切なんです。サッカー選手は自身のプレイエリアを確保するために相手選手とぶつかることが多く、肩甲骨周りが固い人が多いんですよ。でも、肩甲骨の力を抜くことができれば、ぶつかった際にダメージを受けることなく、スルスルっと抜け出すことができるんです。

水泳選手が泳ぐ前にぐるぐると肩回りを回しているシーンをTV等で見ることがあると思うのですが、あの柔軟さが大事なんです。ネイマール、ロナウド、メッシ、こうした名だたる名プレイヤーは皆、引っ張られようがぶつかられようが、肩の柔軟性を活かして抜けていくんですよ。三苫薫さんや伊藤純也さんなどもそうですね。僕は「抜け感」って言っていますが、脱力してプレーできることはかなりの強みになります。

―では、もう1つは?

「体操」です。体幹とバランス力が鍛えられるので。伸び悩んでいて、これ以上鍛える方法が分からないという方は、ぜひ、水泳と体操、この2つをトレーニングに加えてください

身体づくり以上に大切なもの。それが「メンタル」

―ユース時代、現役時代、そして今に至るまでの間で、「やってきてよかった」と思うトレーニングは?

「メンタルトレーニング」ですね。

身体を鍛えることは、言い方は悪いですが、誰にでもできることだと思うんです。今はあちこちにジムがあり、マシンがあり、トレーナーもいる。でも、たとえどんなに身体を鍛えても、どんなに練習を繰り返しても、メンタルが伴っていなければダメ。

僕は過去、すごく良い資質・素材を持っているのに、メンタルが弱くて実力が発揮できず、伸び悩んだ選手をたくさん見てきました。鍛えるのであれば、心身ともに鍛える必要があるんです。

僕はたまたま中学生時代にメンタルトレーニングについて知ることができ、高校3年間、みっちりとトレーニングを受けられました。日本代表に選ばれるに至った理由の1つが、このメンタルトレーニングだったと感じています。

―槙野さんが行ったのは、どのようなメンタルトレーニングですか?

僕がしていたのは「自己催眠」と言って、自分自身に暗示をかけて脳を騙すというトレーニングです。試合の前には、失敗への不安やプレッシャーから緊張感が襲ってきます。とくにプロになると何万人という大観衆の中で試合をしなければなりません。どうやってプレーしよう? って考えるだけで、足がすくんでくるんです。

こうした「どうしよう?」という状況の中では、脳を騙す以外に心を安定させる方法はありません。

サッカーでお世話になった方から、こんな話を聞いたことがあります。

人間の脳の中には悪い狼と良い狼の2匹がいて、常に戦っている。どちらの狼が勝つかは、自分が与えるエサ次第で、ひがみや嫉妬、劣等感、怒り、といったネガティブなエサを与えてしまうと悪い狼が勝ち、喜びや希望、優しさといったボジティブなエサを与えれば良い狼が勝つ。

サッカーにおいてもまさにこの通りで、ネガティブな思いを抱いてしまったら勝てる試合も勝てなくなるんです。

古くからある言葉に「心技体」というものがありますが、今、最も重視されるのが「心」です。もちろん、心が弱い選手が上に行けない、ということはないでしょう。ただ、上に立つ人たちは皆さん、間違いなくメンタルの使い方が上手ですね。

そうそう、先日のサッカーW杯カタール大会で、日本がドイツに勝利しましたよね。あのニュースを聞いて、皆さんは「ドイツに勝った! すげぇ!」って思われたかもしれませんが、選手たちは「勝って当たり前でしょ。俺たちのほうが強いんだから」って思っていたはずです。それくらい、日本代表の選手たちはメンタルが強い。この「心」の強さが、強豪国を撃破するパワーをもたらすんです。

―ありがとうございました。最後に、MELOS読者で、これからスポーツ選手を目指す方にメッセージをお願いします。

よく「誰しもスタートラインは同じ」という言葉を聞くと思いますが、スタートラインは決して同じではありません。そうした中で抜きん出ようと思うのであれば、チームメイトが勉強や遊びに精を出しているときに、鍛えることが大切です。

スポーツも、勉強も、遊びも、すべてを手に入れるのは無理な話。いろいろなことを犠牲にしなければ、トップアスリートにはなれませんし、実際、僕も本当にたくさんのことを犠牲にしてきました。

厳しい環境に身を置いている人ほど、伸びます。誰よりも強くなりたい、誰にも負けない自分になりたい、そう思うのであれば、ぜひ、進んでキツい環境に身を置いてください。もちろん、メンタルトレーニングも忘れずに。

最後にモノを言うのは、練習量とメンタルですよ!

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プロフィール

槙野智章

1987年5月生まれ、広島県出身。00年にサンフレッチェ広島Jr.ユースに入団。以降11年間広島でプレーし、チームの中心選手としてリーグ戦に全試合出場する。
10年にJリーグ・ベストイレブンに選出。年間で34試合に出場し、警告や退場は1度もなく、フェアプレー個人賞を受賞する。同年12月ドイツ・ブンデスリーガ1部の古豪1.FCケルンに入団。戦いの舞台を欧州へ移した後、12年浦和レッドダイヤモンズに移籍する。21年、10年在籍した浦和からの退団を発表。ラストゲームとなった天皇杯決勝では、劇的ゴールを挙げ有終の美を飾り、22年ヴィッセル神戸に移籍。開幕戦となった名古屋グランパス戦でJ1通算400試合を達成する。
そのシーズン終了後に電撃的に引退を発表し、槙野劇場の第2章と題し指導者としてのキャリアを歩むべく、サッカーを通じてYoutubeチャンネルや自身のSNSで様々な事を発信するほか、Jリーグで指揮を執ることが可能となる「S級ライセンス」取得を目指している。

<Text:和栗恵/Edit:TRIADICJAPAN/Photo:TOSHIYUKI MAEGAWA>

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