いくら泣かされても悩まされても楽しい。子どもには個性があることを知っているから┃内村周子の子育て論(後編)
オリンピックで個人総合2連覇、10月からカナダで行なわれる世界体操競技選手権で個人総合7連覇を目指す内村航平選手をずっと見守ってきた母・周子さん。一方でご自身も一般社団法人ShuWaアカデミー(長崎県諫早市)で体操とバレエを、東京・渋谷の「渋谷スポーツ共育プラザ&ラボすぽっと」で体操を教える現役の指導者でもあります。スポーツが子どもに与える影響や子を支える親のあり方についてお話を聞きました。
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気持ちは谷底に置く。親は子どものチャンスが見えても冷静に┃内村周子の子育て論(前編) | 子育て×スポーツ『MELOS』
赤ちゃんも運動OK。本格的な体操教室は発育状況を見て判断
−−子育てにおいてスポーツが与える影響はどこにあると思いますか?
子どもにとって、興味を持って楽しむことや夢中になることで得られる達成感が大事なんです。それは体を動かすスポーツに限りません。ですから私が教えているレッスンでは見る、聞く、考える、そういった脳からの伝達能力を鍛える運動を行なっています。
ポイントは大きく2つあります。まずひとつは、指導者の弾くピアノに合わせて歩く、走る、跳ぶ、這うことをリズミカルに行なうことで、リズム感や感受性を身に付けること。もうひとつは絵本を読み聞かせ、画像の記憶、文章の暗記や物語のイメージ、想像力に加え、質問内容の理解力を楽しく身に付けてもらいます。
——ShuWaアカデミーでは1歳(ベビーコース)から、「渋谷スポーツ共育プラザ&ラボ すぽっと」では3歳未満からレッスンに参加できますが、小さいうちからスポーツをはじめたほうがいいでしょうか?
私は運動だけでなく、勉強や芸術、それを応援する人も含めてスポーツだと思っていますが、ここでいうスポーツが体を動かすという意味なら、生まれてからすぐでもはじめていいと思います。
赤ちゃんにはまだ動物的な本能が残っているので、棒に子どもをぶら下がらせたり、お風呂の中にプカプカ浮かせたりしてもいいと思います。目を開けて喜んで動きますよ。そして、機嫌がいいときは関節を回したり、曲げたり伸ばしたりしてあげる。これは絶対おすすめです。
——もし、体操教室に通うなら何歳くらいが適していると思いますか?
年齢は関係ないです。その子の能力と体力、四肢の形成力など親がその発達段階を見極めて判断されたらいいと思います。同じ3歳でもあまり発達が進んでない子と、成長が早い子ではまったく違いますから。少し発達が遅いかな、と感じているなら2年遅れでもいいと思います。
体操競技は集中力と四肢の使い方と、歩く、走る、跳ぶ、蹴る、転がる、すべてが必要なので、アメリカではまず子どもに体操をさせるそうです。でも、本人がしたいと言わなければ、無理やり体操をやらなくてもいいと思います。むしろ、小さい頃はいろんなスポーツをさせたほうがいいですね。
子どもの可能性は親の判断が左右する
——航平選手は小さな頃からトランポリンの練習をはじめていたし、ほかの子より抜きん出てる部分がありませんでしたか?
そんなことはないです。当時の航平よりすごい子はいますよ。でも、まれに才能を親が潰してしまうこともあるんです。指導者として見ていて、「どうして協力してあげないのかな」、「あんな叱り方をするのかな」、「子どもが行きたい道に進ませてあげないのかな」と思うこともときにはあります。
でもお金もかかることですし、こちらからは口出しできません。せっかく才能があるのに「うちの子は別にそこまで……」という親もいます。好きなようにさせてダメになっちゃう子もいれば、逆に親が『全国大会に行けるように』とレッスンを強制して立派になっていく子もいるし、やめてしまう子も。そういう意味でいうとチャンスと運と出会いもあると思います。
——先日、「渋谷スポーツ共育プラザ&ラボ すぽっと」でのプログラムを拝見して、子どもだけでなく親たちも楽しんでいました。どういう思いであのプログラムを作ったのですか?
いちばんは子どもの脳に対して、また来たいと思わせること。楽しかったね、で終わらせたくはないです。『楽』=楽しいじゃないと私は思っていて、苦しいことも楽しみのひとつ。
親も今日1日頑張った、周子先生のレッスンを受けたから満足ではなく「今日、うちの子はできなかったけど、次はできるかもしれない」。そう思ってくれると私はうれしいです。
——ずっと泣いてる子やお母さんから離れられなかった子もいましたね。
それでもいいんです。3カ月間、ベビーカーに乗ったままで靴も脱がずって子がいました。お母さんも「こんな状態でどうしましょう?」というので、「あなたが粘ってこの子がここの環境に慣れたらいつか、ここから降りて絶対私のもとにくるよ」と。そして、ちゃんとベビーカーから降りることができましたよ。お母さんも我慢強く粘りましたね。やっぱり親が頑張らないでなんで子どもが頑張りますか!
——レッスン中、先生の子どもとの接し方も素晴らしかったです。注意の仕方、褒めることにメリハリをつけて指導しているのが印象的でした。
この前、レッスンを見に来た政治家の方に「なんで先生は子どもをきれいに整列させられるんだろう?」って聞かれたんです。もし私に引き込める力っていうのがあるなら、それはこれまで私を指導してくれた先生方のおかげです。私が心から信頼し、尊敬している先生方の真似をしているだけなので。
それと、子どもには個性があることを知っているからです。たとえば体が不自由な子を“障害を持ったお子さん”という言い方をしますが、そうではなく、それは個性です。私をますます成長させてくれる個性的な子どもたちです。いくら泣かされても悩まされても楽しい。レッスンをしている間に、私のほうが彼らに引き込まれていきます。そして相手も私に引き込まれていく。
ポイントは、その子のいいところを5分、遅くても10分以内で見つけることですね。そして、その子がいるならガラッとプログラムを変えちゃうくらいの臨機応変さが指導者には必要かなと思いますね。私も日々、現場に身を置いて研究しています。
——中にはお手上げだという子もいませんか?
私はこの子の親が「周子先生ならうちの子をちゃんと見てくれて、少し成長できるかも」と助けを求めているのがわかるんです。その期待に応えようと自分にプレッシャーを与えて取り組みます。それまで5秒もじっとしていられなかった子が10秒できたらこっちもうれしくなって、思ったままに褒めるんですよ。子どもや親のためにというより、自分がうれしいから全力投球してしまうんですね(笑)。
世界中の子どもを自分の子のように愛したい
——これからの先生のやりたいこと、これからの子ども達に託す思いなど聞かせてください。
テレビ朝日の宮嶋泰子さんは、ベトナムのボートピープルの取材をしたり、現地へ行って子どもたちと接したりしているそうです。先日、お話を伺っていたら「一度ベトナムに一緒に行きませんか?」と言われて。ずっと世界中の子どもに私の愛を発信したかったので夢が叶う! と思いました。人間がいちばんつらいのは無関心でいられること。それでは何がいちばんうれしいかって言うと、微笑みなんだそうです。世界中の子どもを私の子と思って、私の微笑みを与えてそれを喜んで受け取ってもらえるようになりたいです。
——頑張っている親たちにメッセージをいただけますか。
周りの人がその子を待ってあげること。焦らず、すぐ諦めてしまう子にはそこで諦めないことを教えるのが私たちの役目です。私たちは焦らず待ってあげて「急ぎなさい!」と言わないことが第一条件。
よく子どもを信じてあげると言いますけど、子どもはウソをつきますから。都合よくついたウソを見抜いてあげる。私たちだって正しいことは何なのかわかっていないから、日々成長していかないと。私がみなさんにガンバレって言いたいことは自分に正直になって夢を追い続け、諦めないこと。この時は「顔」が「晴れ」る「ガンバレ」がいいですね。どうか、素敵な笑顔を絶やさないでください。
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気持ちは谷底に置く。親は子どものチャンスが見えても冷静に┃内村周子の子育て論(前編) | 子育て×スポーツ『MELOS』
[プロフィール]
内村周子(うちむら・しゅうこ)
長崎純心女子学園を卒業後、現在の長崎県立大学に進学。卒業後、体操教室で幼児体育の指導にあたる。1992年に夫・和久氏と共にスポーツクラブ内村を開設。現在、スポーツクラブ内村・Shuバレエスタジオで2歳から大人の方までの指導に携わっている。2008年北京オリンピック個人総合銀メダル・世界選手権(2009年ロンドン・2010年ロッテルダム・2011年東京)2012年ロンドンオリンピックで個人総合金メダル、2013年アントワープ世界選手権個人総合金メダル、2014年中国南寧世界選手権団体銀メダル個人総合金メダル、そして2015年イギリスグラスゴーにて団体金メダル・個人総合金、2016年リオデジャネイロオリンピック団体金メダル・個人総合金メダルと史上初の連覇となった内村航平を1989年に、91年にはその妹・春日(ハルヒ)を出産。2児の母でもある。現在、渋谷区にある「渋谷スポーツ共育プラザ&ラボ すぽっと」にて幼児・児童の体操教室の講師も行なっている
<Text:パンチ広沢+アート・サプライ/Photo:斉藤美春>