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【世界が動いたスポーツ記念日 #3】アジア初となる日韓ワールドカップ (1/2)

 世界規模で話題になったスポーツトピックを厳選してお届けする「世界が動いたスポーツ記念日」。第3回は、2002年に開催されたアジア初となる日韓ワールドカップについて紹介していきます。

開催地決定投票日の前日に事態が一転

 ワールドカップ史上初となるアジア開催、さらに2カ国共同開催となった2002FIFAワールドカップは、同年5月31日に開幕。母国開催ということで、日本でも大いに沸いたのは記憶に新しいところです。しかし、2カ国開催は未だ2002年に開催された日韓のみ。なぜ日韓同時開催という形がとられたのでしょうか? 

 FIFA(国際サッカー連盟)からアジア開催が提案されたのは1986年のこと。当初は「初のアジア・アフリカ大陸による開催」という案が打ち出され、日本サッカー協会はどの国よりも早く招致に名乗りをあげました。そしてその後、日本はFIFAに対し、ワールドカップ開催国立候補の意思を示すと、まもなく本格的に招致活動を開始。

 一方で日本の立候補を知り、追随する形で立候補を表明したのが韓国でした。1995年に立候補を表明していたメキシコが辞退したことにより、開催国は日本と韓国の一騎打ちに。しかし、開催国を決定する投票日前日、想定外の展開になります。なんと、FIFA理事会から日韓共催を打診する文書が届いたのです。

 その受け入れを拒否すれば、韓国での単独開催か中国での開催、もしくは開催地決定の延長という日本にとってまったくメリットのない三択を迫られることに。最後まで単独開催にこだわったものの、結果として日本が折れる形で韓国との共同開催が決まったのです。

記念すべきワールドカップ初勝利を収めた日本

 フィリップ・トルシエ監督率いる日本は、シドニー五輪に出場した中田英寿選手や宮本恒靖選手を中心に、小野伸二選手をはじめとする若手の実力派をそろえ、念願のワールドカップ初勝利を飾ります。その勢いのまま勝ち上がり、決勝トーナメントに出場する権利を手に入れたものの、初戦のトルコに敗北を喫してしまいました。

 そして、もう一方の開催国である韓国は、決勝リーグで強豪のイタリア、スペインに勝利し、アジア初となるベスト4進出を果たします。準決勝のドイツ、3位決定戦のトルコには惜しくも破れてしまいましたが、素晴らしい結果を残したといえるでしょう。

 大会は、ワールドカップ常連国のブラジルが優勝を飾り、大盛況のうちに終焉。日本・韓国の両国は、大きな経済効果を得ることになっただけでなく、それまで距離があった両国の関係に、少しずつ変化が現れたのです。2000年代初頭の「韓流ブーム」がそれを物語っています。共同開催という形は、イレギュラーながらも、当時の判断としては正解だったといえるかもしれません。

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