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2019年9月22日

大根仁×訓覇圭。前畑がんばれ、ヒトラーを描くベルリン五輪、「ボクなりに理想とする『いだてん』の回になった」 (3/3)

――トータス松本さん(NHKスポーツアナウンサー、河西三省 役)の演技はいかがでしたか。

[大根]
今回の現場で、イチバン追い込んだのはトータスさんだと思います。まずロケのプールでもみんなに泳いでもらってそれを見ながら実況してもらって撮りました。時間の都合でうまく撮れなかった部分については後日、スタジオにブースだけつくってもらってリテイクをして。それを編集したんですが、現場で喋れなかったところだけ、最後に録音ブースで、あのテンションでもう1回撮らせてもらって。だから都合で3回ですか。がんばれに限ると1000回くらい言ってもらった(笑)。最後、お互いに握手して終わりました。よかったと思います。前畑秀子がターンして、最後の50mを泳ぐところは身を乗り出しての実況になったのはトータスさんのアドリブなんですが、さすがミュージシャンを感じさせる臨場感のある動きでした。

――チーフ演出の井上剛さんと共同で演出するとき、相談はしますか。

[大根]
特に井上さんとは相談していません。良い感じで撮ってくれるだろうと思うので。NHKの人って、軍人が出てくる会議とか、ああいうシリアスなシーンを撮るのがうまいんですよ(笑)。ボクはね、なんか笑いがあるシーンじゃないと上手く撮れない。

朝日新聞社で酒盛りをするシーンがあります。あそこはボクが撮りました。現場でノリが良くなるよう、セリフを足したりして。覚えているのは、大東駿介くん(鶴田義行 役)が「がんばれ、がんばれ」と言いながら、自分も泳ぎだすシーン。カメラテストでアドリブでやり出したんですね。それ良いね、と採用しました。実況放送を聞きながら、がんばれ、がんばれと応援するシーンは、プールの映像を先に撮り終えていたので、参加する俳優さんたちにまずは編集した競技シーンを見てもらって、これを頭の中で思い描いてくださいとお願いしました。

――終盤の田畑と河野(一郎)が絡むシーンには、明るさと暗さの両方の要素があります。

[訓覇]
光と影の部分がありますよね。たとえば「前畑がんばれ」は有名なエピソードですが、あまり知られていないのは、前畑と争ったのがゲネンゲルという地元ドイツの選手で、もしかしたら前畑よりも何百倍も大きなプレッシャーを感じてレースに望んでいたのかもしれない、という事実。この時代、光と影の両方がある。第36回は、その両方を描いています。田畑と河野もその時々で、彼らの光と影を演じている部分があって。そんなことを阿部さんや桐谷(健太)さんと話しながらやっていますね。

握手したら敬礼になってしまうくだりは、脚本にはなかった(大根)

――上白石萌歌さんの演技は、いかがでしたか。

[大根]
第36回は演出的に難しい回でした。前半はコメディっぽいテイストがあり、そして大事なレースの前夜に亡き両親の幽霊が出てくるという超展開もある。これを、どうリアリティをもって演出するか、悩みました。上白石さんは今回、とっても頑張ってくれました。ボクがイチバン感激したのは、その両親と対面するシーンですね。この超展開において、説得力をもったセリフで、感動にまで持っていける演技がすごいと思いました。ボクは普段から、役者にはあまり演出しないんです。今回もボクがやったことと言えば、上白石さんの立ち位置の確認くらいです(笑)。難易度が高いシーンでしたが、撮っていてホロっとしました。なんでしょうね、脚本も良いんです、やっぱり。

宮藤さんの脚本の特徴として、演出を足せる余白の部分があるんです。それが毎回楽しくもあり、難しくもある。前畑が、日本中から寄せられる“がんばれ”をどう受け入れて飲み込んだのか、あまり書かれていなかったんですね。そこで脚本を隅々まで分析していたら、ここで付け足したらほかのシーンが活き活きしてくるな、という部分があった。それは、両親が幽霊で出てくるところ。最後に「がんばれ」って言うセリフは、ボクが足したものです。あとは控室のシーンですね。史実では、前畑さんはお守りを飲んでいる。だから脚本でもそうなっていた。でも両親の“がんばれ”を受け入れて、電報で寄せられる“がんばれ”も受け入れる、そんな場面にしたかった。そこで、電報を丸めて飲み込む演出に変更しました。前畑秀子は、そこで覚悟が決まった。だから、レースが始まってからも「がんばれって言わない方が良いんじゃないか」と気にしていたまーちゃんは、取り越し苦労だったんですね。ボクは白石さんに「スタート台に立ったときは、プレッシャーではない部分の表情をください」と伝えました。

そう言えばレース前に、ヒトラーが降りてきてゲネンゲルと言葉を交わします。そこで演出としてはヒトラー役の方に「何か奮起させるようなことを言ってくれ」と指示したんですね。そうしたら、やっぱり「がんばれ」っていうようなことをドイツ語で言ったみたい(笑)。あ、やっぱり外国でも言うんだ、と思いました。これは世界共通なんですね。

現場にヒトラー役の方さんが来たとき、彼はとっても良い人なんですが、現場で髪を刈り上げて髭を付けて、ナチスの制帽を被って、スッと椅子を立ち上がると緊張が走ると言いますか。ボクたちが知っている事実で、フィルターをかけて見てしまう感覚がありましたね、「やっぱ怖いな」なんて。でもドラマはエンタメなので、どこか血の通った人間として描きたかった。

マーちゃんが「ヒトラーさん!」と話しかけるところがあります。フィクションですし、荒唐無稽に見えるかもしれないんですが、そこをどう、説得力をもって描けるかに気を遣いました。握手したら敬礼になってしまうくだりは、脚本にはなかった。リハーサルで、握手したときに変な感じで手が残ってしまったんですね。身体がこわばってしまう様子が伝わってきてこれはおもしろいなと思って、そのままやってみましょうとなりました。ヒトラー役者さんが説得力をもってヒトラーを演じてくれたからこそ、絵に説得力が生まれました。また「ダンケシェーン」と言ったときの阿部さんの演技も良かった。声を張っているんだけれど、若干震えている。素晴らしいな、と思いましたね。

<Text:近藤謙太郎/Photo:NHK提供>

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