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阿部サダヲ×中村勘九郎インタビュー。ついに最終章『1964年東京オリンピック編』へ突入【いだてん】 (1/3)

 日本人初のオリンピアンとなった金栗四三と、1964年の東京オリンピック招致に尽力した田畑政治を描いた、宮藤官九郎さん脚本によるNHKの大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』。

 第1回「夜明け前」(2019年1月6日放送)ではじまった全47回の物語も、残すところ8回となりました。主役の阿部サダヲさん(田畑政治 役)と中村勘九郎さん(金栗四三 役)も9月27日(中村勘九郎さん)と10月1日(阿部サダヲさん)にクランクアップし、約1年半におよんだ撮影のすべてが終了したと伝えられています。

 都内では、そんな2人を囲んだ合同インタビューが実施され、撮影を終えた感想、印象に残ったシーン、来年の東京2020大会への期待感、いよいよ佳境を迎える「1964年東京オリンピック編」のストーリーの見どころなどを語ってもらいました。

【あらすじ】第40回「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(10月27日放送)
1959年。東京オリンピックの招致活動が大詰めを迎えていた田畑(阿部サダヲ)は、東京都庁にNHK解説委員の平沢和重(星野源)を招き、きたるIOC総会での最終スピーチを引き受けるよう頼みこむ。断る平沢に対し田畑は、すべてを失った敗戦以来、悲願の招致のために全力を尽くしてきた自分の「オリンピック」を語って聞かせる。それは、戦後の食糧不足の中、浜松で天才・古橋廣之進(北島康介)を見いだすところから始まる──。

「みんなでつくりあげた」(中村勘九郎)

―― 『いだてん』は次の世代にバトンを継いでいく、というテーマが描かれていると感じました。

[阿部サダヲ]
これまでの大河ドラマとは違って、近現代が舞台でした。「ここは詳しく勉強してこなかったな」というところも多かった。二・二六事件とか五・一五事件とか、知らないことがたくさんあって。けっこうみなさん、知らない時代を取り上げると嫌うでしょう? 知るとまたおもしろいんです。個人的にも、楽しいんだな、とあらためて思いました。

[中村勘九郎]
ボクも阿部さんと同じで、近現代のことを知れておもしろかった。歴史の授業で、女子なら平安時代、男子なら戦国時代や幕末が好きだったりする。その時代のことはよく勉強するけれど、明治の終わりは期末試験ギリギリで、授業でも駆け足でやってしまう。『いだてん』と出会えて、オリンピックを通して近現代の歴史を知った。知れば知るほど、いまボクたちが生きていく上で、人間が学んでおかなければいけない時代のことなのかな、と思いました。

オリンピック、スポーツの歴史というのはおもしろい。昨日も(世界陸上ドーハ大会で)十種競技がやっていました。朝5時まで見ちゃいました。(十種競技は)野口源三郎(演:永山絢斗)がデカスロンで日本人で初めて出場した競技です。野口くんを応援する気持ちで、十種、五種、見たんですけれど。そんな見方もできるようになった。バトンをつなぐという意味では、第1部から第2部の阿部さんに渡したのもそうですが、1年半、撮影して思ったのは、群像劇ということですね。いままで大河の主役って、ほかの方たちのインタビューを読むと「籠もってセリフに追われる」とか「俗世と縁を切って、家族とも連絡しないで」とか書いてあった。『いだてん』は、そのあたりは全然、大変じゃなかったです(笑)。みんなでつくりあげた感じだったので。とても楽しくやれました。

「金栗さんは、次を見る力がある」(中村勘九郎)

―― オリンピックに魅了され、裏切られ、翻弄される物語。オリンピックとは、どういう舞台でしたか。

[阿部サダヲ]
田畑さんには「2週間かけて行う運動会だ、お祭りだ」なんてセリフがあります。世界中の人たちが集まってくる運動会というのは、良い表現だなと思います。楽しくやれば良いんですもんね。前回の東京オリンピックの閉会式では、各国の選手団がぐちゃぐちゃになって入場した。そういうのも楽しい。各国の選手たちが和気あいあいとして、写真を撮り合ったりして、すごく良い光景だなと思うんです。

これも田畑さんの言葉ですが、あれだけメダルを獲れ獲れ言っていた人が、最終的には「予選で落ちる選手たちにも、一生の思い出になるような大会にしたい」みたいなことを言う。素晴らしい言葉。人間が成長したなと思いました(笑)。

日本人が初めてオリンピックに出場したとき、選手は、金栗四三さんと三島弥彦さんの2人だけでした。それが1964年の東京オリンピックでも、出場する選手団が2人だけの国があります。出場した選手がそこで思い出をつくって、帰国してオリンピックの想いを国に広める。もしかしたら将来、その国でオリンピックが開催される日が来るかもしれない。そんなことになったら、すごく良いですよね。

[中村勘九郎]
金栗さんは選手の立場なので、マラソンで勝ちたい、水泳で勝ちたい、それだけだったと思います、純粋に。金栗さんにとっては、ストックホルム大会で棄権して苦い思い出になった。リベンジを期して臨んだベルリン大会が中止になって、アントワープ大会では16位。オリンピックでは勝てなかった。でも三島弥彦さんと一緒に歩いた光景だったり、オリンピックに出場するたびに選手団が増えていく、そうした状況が楽しかったと思う。ボクもやっていて楽しかった。最初は、オリンピックをやろうって言う人たちも嘉納治五郎さんと数人だけだったのに、水連ができて、やがて陸軍が介入し様変わりしました。

―― 金栗四三さんは、挫折の印象が強い。中村勘九郎さんとしては、喜びのシーンの方が印象に残っていますか。

[中村勘九郎]
そうですね。金栗さんは日記も書いていますが、次を見る力がある。次、次と気持ちを切り替えていける強い人だった。いじいじしている感じはないんです。

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