筋肉が硬い=短距離走が速い/筋肉が柔らかい=長距離走が速い。順大が最新研究で明らかに
スポーツの現場で「バネがある」「軟らかくて良い」「硬いと肉離れを起こす」などと表現されてきた「筋肉」。実際にアスリートが高いパフォーマンスを発揮するには、筋肉はどのくらい硬ければ良いのでしょうか。順天堂大学は7月30日、「アスリートの筋肉の硬さと競技パフォーマンスの関係」について、ある興味深い発表を行いました。「短距離選手と長距離選手では求められる筋肉の硬さが違う?」「筋トレやストレッチはしない方が良いこともある?」など、気になる話題が飛び出しています。
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求められる筋肉の硬さが違う
登壇したのは、順天堂大学大学院の宮本直和准教授。同氏の研究グループでは、陸上の短距離走と長距離走の選手について調査を進めた結果、アスリートが高いパフォーマンスを発揮する上で「筋肉の硬さ・軟らかさ」と「競技種目」との間には適した組み合わせがある(その組み合わせは競技種目特性によって異なる)ことが分かったそうです。
▲順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の宮本直和准教授
先に結論から紹介しましょう。宮本准教授によれば「硬い(伸び縮みしない)筋肉を持つ選手の方が短距離の成績が良い」「軟らかい(伸び縮みする)筋肉を持つ選手の方が長距離の成績が良い」とのこと。これは短距離の選手22名、長距離の選手22名、一般人19名を被験者として行った調査の結果です。
▲短距離選手は筋肉が硬く、長距離選手は筋肉が軟らかい傾向が顕著に(測定部位は、右脚の外側広筋)
さらに「過去の研究結果によれば、筋トレを行うと筋肉は硬くなる。逆に、ストレッチを行うと軟らかくなります。このため、短距離の選手が筋トレを行って筋肉を硬くした後、ストレッチを行うことは必ずしも有利にならないかもしれない。逆に長距離の選手が筋トレを行うと不利になる可能性もあります」と宮本准教授。
筋肉の硬さには遺伝子のタイプなど他の要因も影響するので、一概には言い切れないものの、今後は「個人の特性」「競技の特性」を考慮して複合的に考えた「カスタムメイド型のトレーニング方法」を構築することが必要になっていくのではないか、と結論づけました。
▲今後は個人の特性、競技の特性を考慮したカスタムメイド型トレーニング法が重要
ストレッチしない方が良いの?
報道陣からは、さまざまな質問があがりました。
これまでスポーツの現場では、ストレッチの重要性が言われてきました。では(筋肉が硬い方が、好成績が残せる)短距離の選手は、ストレッチはしない方が良いのでしょうか。
これについて、宮本准教授は「日本では、昔から『ストレッチはやるものだ』と教えられてきました。しかし最近の研究では、特に運動前のウォーミングアップでストレッチをしても肉離れは防げないということが言われており、海外ではそれが常識になりつつあります。現場では『筋肉が硬いと怪我をする』とよく言われますが、それを立証しているデータはなく、筋肉の硬さと怪我のしやすさの関係性についてはまだ分かっていません」と宮本准教授。そもそもストレッチをすること自体に意味があるのかないのか、について疑問を呈します。
では短距離選手はなぜ、硬い筋肉の方が有利なのでしょうか。
宮本准教授は「正直、まだ分からないところがある」としつつ、個人の意見として「筋肉が硬いと、力を素早く効率よく外に伝えられる性質があります。だから、走っている最中、足が接地したときに筋肉が硬ければ、それだけ速く走れるのでは」と説明しました。
今回の調査で測定した右脚の外側広筋は、走運動の接地時に伸び縮みをする筋肉です。逆に長距離選手の場合は、筋肉が硬いと腕を振る、足を上げるといったモーションで多くのエネルギーをロスしてしまうとのことでした。
数年前まで、筋肉の硬さを正確に測ることはできませんでした。筋トレで硬くなり、ストレッチで軟らかくなるという論文が発表されたのも、今年の5月、6月頃。いま世界中で、この分野についての研究が進んでいるそうです。宮本准教授も「2019年の夏から秋にかけて、順天堂大学の陸上選手を対象に、ふくらはぎの筋肉、アキレス腱などを調べて『筋肉のバネ』の特性について研究していきたい」と話していました。
▲エコーを使った「超音波剪断波エラストグラフィ」。もとは医療機器で、5年ほど前からスポーツの現場にも導入され始めた
最後に、身体の硬さと筋肉の硬さの関係について尋ねました。宮本准教授は「関連がないことはないんですが、柔軟性には関節の問題もあります。我々のデータだと、例えば前屈をしたときにはハムストリング筋が伸びますが、その硬さと可動域の関係性はたかだか10~20%ほど。足首、ふくらはぎ、アキレス腱の硬さを追加しても40~50%ほどしか、筋肉の硬さでは説明できません。それ以外の組織の影響が、身体の軟らかさに関わっているということですね」と話していました。
<Text & Photo:近藤謙太郎/Photo:Getty Images>