インタビュー
2021年9月16日

寺田明日香選手がたっぷり語る、夢の舞台・東京オリンピック。次の目標は?[特別インタビュー] (1/3)

 寺田明日香選手にとっての夢の舞台。東京オリンピックが幕を閉じ、1ヶ月以上が経ちました。

 11年ぶりに日本選手権で優勝を果たした後、7月2日に出場が決定、そして挑んだオリンピック。陸上女子100mハードル予選では12秒95をマーク、日本人で初めて五輪の舞台で13秒を切り、同種目で日本勢として21年ぶりの準決勝に進出を決めました。翌日の準決勝では1組目に登場。13秒06を出して6着となり、念願の決勝進出まであと一歩に迫りました。

 MELOSでは、寺田選手による連載エッセイ『寺田明日香の「ママ、ときどきアスリート〜for 2020〜』を2018年4月に開始。オリンピック出場までの軌跡を、自筆で綴ってきてもらいましたが、いよいよ次回で最終回を迎えます。その前にオリンピック出場前後の想いや、ママとして選手としての環境変化、オリンピックの感想などを聞いてみました。

 すでに「アスリート・ママ・妻」という枠では収まらなくなった寺田選手の今後の活躍は、みなさんも気になるところ。そして、見据える先に、「2024年のパリ・オリンピック」はあるのでしょうか。

オリンピックの舞台で感じた“新しい発見”

―― オリンピック出場おめでとうごいます。そしておつかれさまでした。この1ヵ月はどのような心境ですごされましたか。

ありがとうございます。そうですね、オリンピックが終わって変な疲労感があります(笑)。今月(9月)頭から練習は再開していますが、8月中はとにかく忙しい日々を送らせていただきました。そうそう、オリンピックが終わった後、札幌に挨拶周りのために帰省したんです。

街を歩いていると「あ、寺田選手!」と声をかけられることも以前より多くなりましたね。これまでも世界陸上に出場していますが、知名度や規模感はもちろん、今まで連絡を取っていなかった友だちとか、親戚とかが連絡くれたりして、「オリンピック出場の影響は大きいんだなー」と改めて感じています。

―― 世界大会でも違いは大きいものですか。

もちろんレースで走る感覚は同じです。ですが、そこにオリンピックシンボルがあるかないかは、私にとっても周りの人にとっても大きな違いだったと思います。ウェアやグッズなど送られてくるものすべてにオリンピックシンボルがあり、競技場の内外至るところにもそのシンボルがあります。それを見ると気が引き締まるし、応援してくれる人たちの多さも感じることができました。

それに世界陸上は、陸上競技の選手だけが集まる大会です。それがオリンピックになると、いろいろな競技の選手たちが集まり、選手村で過ごしている。もう「舞台が作り出す雰囲気」からして違いを実感していました。

▲東京オリンピックでの寺田選手のADカードやゼッケンなど

―― そうなると、オリンピックはけっこう緊張していたのですかね。

いえいえ、まったく(笑)。本当に楽しく走れたなーという感想です。

しかもオリンピックの舞台では、新しい発見もありました。いつもスタート直前は、今日のレースで何がしたいのか、どう走るのかのイメージを固めているんです。予選のときも同じことを考えて準備していたんですが、スタートラインに立ちオリンピックシンボルを見た瞬間、これまで支えてくれた人たちの顔がパッと浮かんできちゃったんです!

スタッフや家族とか1人ひとりの顔が浮かんできてしまって、スタート前にウルウルしていたのは、たぶん気づかれてないと思います。そんなイメージが浮かんだのは、自分でも初めてで「これがオリンピックの舞台か~」って、ちょっと納得していました。

とても快適に過ごせた「選手村」

―― ニュースなどでいろいろ騒がれていた選手村ですが、寺田さんの印象はどうでしたか。

私はとても快適でしたよ! 8月27日にNTC(ナショナルトレーニングセンター)に入り、30日に選手村に移動しました。ご飯もおいしいし、各席には1人用のパーテーションもあったので安心して食事できました。料理の種類も豊富で、アジア料理、ベジタリアン用、ハラール(イスラム教のムスリムが食べられるもの)もあって不自由なしといったところです。

部屋は後に販売するためか、内装が完全ではなくコンクリート打ちっぱなしの感じが残っていましたが、個室もあり快適でした。例のダンボールベッドでしたけど、私はぐっすり眠れました。洗濯もランドリーに預ければ次の日にできているし、ビレッジプラザにはお土産ショップからヘアサロン、ネイルサロン、郵便局までそろっていました。

一番よかったのは、東京湾に面したオリンピックシンボルのオブジェです! レインボーブリッジも見えるし、周辺にゴミもなくきれいで、海外選手の人たちも集まってくつろいでいました。準決勝が終わった日に青木(益未)選手と2人で、夜中の12時近くに行ったんですが、美しい夜景が楽しめました。

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