2021年9月21日

初めてのボートサーフィン│連載「甘糟りり子のカサノバ日記」#66(最終回)

 アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニスて、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。

 今回は、初めて体験したという「ボートサーフィン」について。

《MELOS編集部からお知らせ》
2017年11月に開始した、連載エッセイ『甘糟りり子のカサノバ日記』は、今回で最終回を迎えました。読者の皆さん、これまでご愛読いただき、ありがとうございました。

書くまではわからなかった発見がいろいろあります

 すっかり夏も終わり、庭で彼岸花が咲いた日(彼岸花って、ある日突然咲くんですよね)、初めてボートサーフィンを体験しました。波を出せるモーターボートで沖合まで出てそこでサーフィンするのですが、これがもう予想以上に楽しくて、翌日も参加させてもらっちゃいました。

 ボートサーフィンは、モーターボートから取手付の紐が出ていて、それに捕まって引っ張ってもらい、波に乗ったところでサーフボードの上に立って楽しむというもの。自然の波と違って、ずっと途切れないのが利点。波の方向やサイズを好みにできるのもボートサーフィンが人気の理由だそうです。上級者には技の練習にもなるんでしょうね。

 用意してもらった板は浮力のある長めのソフトボード。たまにですが、家の近くの海で入る時と同じタイプです。まだウェットスーツは必要なくて、レギンス、サーフパンツ、ジャケットでOKでした。

 最初の何度かはボードに腹這いになったまま、紐に捕まって引きずられるだけで精一杯でした。ボートに同乗していた友人によると「歴史物で見る引きずりの刑みたいだった(笑)」とのこと。腹這いを経て、膝立ちまではすぐにできるようになって、膝立ちで波に乗ったりしました。それでもじゅうぶん気持ちいいのです。波のスピードを感じられ、潮風が自分の身体をすり抜けていく気がしてね。でも、今になって、これがよくなかったのかもなーとも思います。膝で立つぐらいなら、たとえ落っこちても脚で立とうとした方が上達は早かったのかも。

 普段のサーフィンはとっとと立たないと波は終わってしまいますが、ボートサーフィンはずーっと波が続きます。私は膝立ちになってスピードを少し楽しんでから、立ち上がろうとがんばりました。ところが、海から上がって撮影してもらった動画を見たら、ものすごいガニ股。衝撃でした。どこのおじさんかっていう。結局、私は2日間やって、一度もサーフボードの上に立つことができませんでした。

 それでも、とにかく楽しかった。自分のへっぴり腰の動画を見直しては、ボートのモーター音と波の音と風の音が溶け合うあの響きを思い出して、ああ、またやりたいなあと思っています。

 ハマりそうな理由はいくつもあります。まずは、他の人を気にする必要がないのがいいです。ときどき入る稲村ヶ崎の海ではほとんどが男性サーファーで、慣れた人が多い。サーフィンはコートのように区画分けされておりませんから、私は絶えず「他人の邪魔になっていないかどうか」を気にしていなければなりません。そのストレスがないボートサーフィンはのびのびと波とたわむれることができました。永遠の初心者である私にとって、これは大きいです。

 パドリングで消耗しないのもボートサーフィンのいいところ。いつもだと波を交わしながら、たまに波に飲まれたりしながら、パドリングをして波の立つ沖まで出るわけですが、沖で出られた頃にはかなりエネルギーを消耗していることも少なくない。ボートサーフィンはそこが省略されているわけです。

 ボートの後方にいる人からアドバイスをもらえるのもよかったです。海でのサーフィンでは、近くでアドバイスをもらうのはなかなか難しいですからね。ボートサーフィンで撮ってもらう動画は表情までわかるぐらいの近さ。先生に「板ばっかり見ているから立てない。もっと前を見ないと」と言われたのですが、動画を見直してみると、確かに私の視線はずっと下を見ておりました。

 いつものサーフィンとボートサーフィン、どちらがどうと言うのも無粋ですが、とにかく海遊びは最高の気分転換だと改めて実感した2日間でした。波に巻かれるのも嫌いではないです。自分の無力さを知るとともに、たいていのことはなるようになるしかないな、という気分になれるから。

 体験したスポーツだけではなく、見たスポーツやスポーツを通して感じた&考えたあれこれについてこうして気ままに書き出してみると、書くまではわからなかった発見がいろいろあります。文章を書くのは自分の内側の感覚を探ることです。

 そんなカサノバ日記はこれが最終回。お付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございました。さあ、これからジムに行ってきます!

《MELOS編集部からお知らせ》
2017年11月に開始した、連載エッセイ『甘糟りり子のカサノバ日記』は、今回で最終回を迎えました。読者の皆さん、これまでご愛読いただき、ありがとうございました。

▼この連載エッセイのアーカイブはこちら
・甘糟りり子のカサノバ日記

[プロフィール]
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
神奈川県生まれ、鎌倉在住。作家。ファッション誌、女性誌、週刊誌などで執筆。アラフォーでランニングを始め、フルマラソンも完走するなど、大のスポーツ好きで、他にもゴルフ、テニス、ヨガなどを嗜む。『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』のほか、ロンドンマラソンへのチャレンジを綴った『42歳の42.195km ―ロードトゥロンドン』(幻冬舎※のちに『マラソン・ウーマン』として文庫化)など、著書多数。GQ JAPANで小説『空と海のあわいに』も連載中。近著に『鎌倉の家』(河出書房新社)、『産まなくても、産めなくても』文庫版(講談社)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)。

《新刊のお知らせ》
『バブル、盆に返らず』(光文社)が6月23日より発売中。
「1990年の私に、顔パスで入れないディスコはなかった」。経済ではなく、世俗&カルチャーでバブルを描いた一冊。熱く、愚かしくも、どこかいい匂いもしていたあの頃。「アルファキュービック」「笄櫻泉堂」「チャイナタウンパフェ」など、厳選キーワードで綴る。
▶詳細はこちら

<Text:甘糟りり子/Photo:Getty Images>