2017年8月8日

かけっこが速くなるために必要なこととは?為末大監修「TRACメソッド」について聞いてきた

 元プロ陸上選手で“侍ハードラー”として知られる為末大さんが主宰するチーム「TRAC」は、スクール運営やさまざまなイベントなどを通して、走ることの楽しさを発信しています。そこで、かけっこが速くなるポイントやTRAC独自の指導方法などについて、コーチの大西正裕さんにお話を聞きました。

他の子との競争に勝つことよりも、自分の記録に挑戦すること

——TRACは、どんなことを目指して設立されたのですか?

2014年5月から1年半くらいは、TRACの前身である「為末大学ランニング部」として活動していました。その時は「スポーツと学び」をテーマにしていて、教育的な要素が強かったのですが、スクールなどをやっていく中で、学びとは得意なことを追求していった後に付いてくるものじゃないかという考えに至りました。だったら、まずは得意技を突き詰めていこうと。走ることそのものの喜びや楽しさを伝えることに特化した、新たな取り組みに挑戦しようということになったんです。

——かけっこが苦手な子や足が遅い子に、走ることの楽しさを教えるは非常に難しいように思います。

本来、子どもはみんな走るのが好きですよ。ちょっと広い場所があったら、すぐ走り出したりするでしょう? ただ、評価されることが怖いという感じなんだと思います。体育の授業で君は何秒だと計られたり、それで成績を付けられたり、リレーの選手に選ばれるとか落ちるとか。

大人になれば、「この分野だったら、オレもアイツに勝てる」というように、序列が付けられることからもうまく逃げられます。でも、そういった尺度がまだ少ないうちは、優劣が現れやすい“走る”ことに億劫になっても不思議ではありません。

ですから、TRACでは他の子との競争に勝つことよりも、まずは自分の記録に挑戦することにモチベートさせるようにしています。自分の記録は自分だけのものなので、本人が頑張れば伸ばすことができますから。

——子どもたちに対して競技性を追求しないことが、TRACの理念ということでしょうか?

試合に出ていたりするので、全くしないわけではないですが、TRACとして最も大切にしている価値観ではないと思います。私たちは子どもや親御さんたちに対して、よく「今がピークではなくて、25歳になった時に最も豊かなスポーツライフを送れるようにしよう」と言っています。

大学を卒業して、社会人になってもスポーツに携わっていてほしい、スポーツを身近に感じていてほしいという思いからです。また、競技として続けていればちょうど脂が乗って、選手として一番いい時期ですしね。将来を見据えた伸びしろを残して、その先に花開くように子どもたちを送り出すことを大切にしています。

かけっこを通じて、普段の生活や行動にも変化が

——なかには、「もっと厳しく指導してほしい」とか、「とにかく足を速くしてください!」という親御さんもいたりしませんか?

TRACの練習内容は大股走やスキップといった、かけっこの基礎になる部分を大事にしているので、一見すると「全然走ってないじゃない?」と感じられるかもしれませんが、すべて走りをよくするために必要なものです。TRAC独自のメソッドに基づき、エビデンスを持って練習しているということをきちんと説明して、ご納得いただくようにしています。

——2016年8月にTRACがスタートしてちょうど1年、その成果は感じられていますか?

かけっこを好きになる子が増えて、なおかつ試合でも結果が出せるようになってきました。スクールに通い始めてから半年で、都大会で優勝した子もいます。競技性を追求しなくても成果が出るということは、子どもに不用意なプレッシャーを与える必要はないということですよね。もちろん、練習量を増やせばその分だけ伸びますけれど、それが将来の伸びしろを潰すことになる場合もありますので。

——大会や記録などの他にも、子どもたちの成長が見られることはありますか?

タイムが変化するより先に、行動の変化があるんですよ。たとえば、練習の準備や片付けを率先してやるようになったり、全体練習後に自主練習をするようになったり、「家では何をやったらいいですか?」などと積極的に質問してきたり。そういう子は、どんどん伸びていきますよ。

親御さんから、「学校のマラソン大会のために朝練を始めて、自然と規則正しい生活を送るようになって、夜に勉強する時間が増えて成績も上がりました」という、うれしいご報告をもらっています。

正しい走り方を学んで練習すれば、誰でも足は速くなれる

▲今回のイベント会場でもある「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」は開放的な空間で、
「ここに来ると、子どもたちは思わず走り出してしまうんです(笑)」と大西さん。
木造アーチ状の屋根の高さは8.5m。約60mのトラックは国際大会と同じ青色で作られた本格仕様

——8月31日に開催される「かけっこ教室」は、どのようなメニューが体験できるのでしょう? 

最初にウォーミングアップ。続いて、「速く走るためにどんなことを意識してる?」「そのために何が大事かな?」「それって本当にそうかな?」といった、走ることの原理について話をします。それから、TRACのメソッドである、姿勢・弾む(ジャンプ)・挟む(スキップ)という3つの大きな柱に沿って、実際に体を動かしていきます。

その後は、時間があればスタートダッシュの練習やリレー、ウサイン・ボルト選手の秒速12.3mにちなんだ「ボルトチャレンジ」をすることも。12.3m走のタイムを計って、「1秒台だったらボルトだよ」って。だいたいみんな2秒くらいですから、「ボルトって、ヤバイな!」なんてビックリするんですよ(笑)。

——かけっこ教室に参加してくる子どもたちに一番伝えたいことは?

私たちは、かけっこが好きな子を一人でも多く作っていきたい。そのために、正しい走り方というものを知っておいてほしいと思います。一所懸命やっているにもかかわらず、結果に反映されないことってありますよね。でもそれは、その子の資質や能力などの問題ではなく、努力の方法や進む方向が間違っているだけなんです。

正しい方法を学んで練習すれば、個人差はあれど、誰でも足は速くなれます。参加した子どもたちが少しでも足が速くなって、自分もやればできるんだという達成感を得られるようなサポートをしていきたいですね。

<Text:菅原悦子/Photo:編集部>