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箱根駅伝×いだてん。瀬古利彦・谷口浩美・原晋らが語る、箱根駅伝の魅力&『いだてん』への期待 (1/3)

 日本人初のオリンピアンとなった金栗四三と、1964年の東京オリンピック招致に尽力した田畑政治を描いた、宮藤官九郎さん脚本によるNHKの大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』。今週5月19日に放送される第19回では、第1回の箱根駅伝が描かれます。

 今回の放送を前に、箱根駅伝で数々の名勝負を演じてきた瀬古利彦さん、谷口浩美さん、原晋さんからコメントが寄せられました。彼らが語る箱根駅伝の魅力、そして『いだてん』への期待とは?

【第19回「箱根駅伝」あらすじ】
フランスのクーベルタンから治五郎(役所広司)に届いた手紙には、ストックホルムから8年ぶりにアントワープオリンピックが開催されるニュースが書かれていた。新しい「箱根駅伝」の構想に力を注ぐ四三(中村勘九郎)だったが、やはりオリンピック開催こそ待ち望んだもの。遠い熊本で離れて子育てに励むスヤ(綾瀬はるか)を訪ね、次こそ金メダルをとって引退し、家族と暮らす約束をする。しかし実は、前回死人を出したマラソンは正式種目に含まれていなかった。「箱根駅伝」がオリンピック代表選手の選考を兼ねて開催され、大盛り上がりを見せる中、治五郎はクーベルタンにマラソンの復活を訴える。

駅伝がなければ日本のマラソンはこんなに発展していません(瀬古利彦)

[プロフィール]
瀬古利彦(せこ・としひこ)
1956年7月15日生まれ、三重県桑名市出身。四日市工業高校で本格的に陸上を始め、インターハイでは800m・1500mで二冠を達成。名門・早稲田大学へ進学すると、名将、中村清監督の指導を受け、活躍。箱根駅伝では、4年連続で「花の2区」を担当し、3年生(第55回大会)と4年生(第56回大会)のとき、区間新(当時)を獲得。マラソンでも活躍し、現役時代は国内外で戦績15戦10勝。現役引退後は指導者の道へ。現在は、日本陸上競技連盟で、強化委員会マラソン強化戦略プロジェクトリーダーを務める。

▲現役時代の瀬古利彦さん(写真右から2人目。1979年のボストン・マラソンにて) Photo:Getty Images

―― 箱根駅伝について。

一番の思い出は4年生のときの最後の1キロで、中村清監督が「卒業のみやげに」と伴走車から仁王立ちで校歌を歌ってくれたこと。母校を背負って走る重みを身にしみて感じた瞬間でした。また、このときモスクワオリンピックの出場がほぼ内定し、メダリスト候補と期待されていたこともあり、沿道からも大声援をいただきました。とめどなく溢れる涙を拭いながら、タスキをつないだことは今でも忘れられません。

箱根駅伝で走りたかったからこそ名門校である早稲田大学へ入学しました。駅伝が自分を強くしてくれましたし、一人ではできないことをチーム全員で切磋琢磨しあい、そうして築いた絆は人生の財産になっています。あのときの仲間たちと会うと、いつも箱根駅伝や厳しかった中村清監督の話題になります。

―― 陸上界における箱根駅伝の意義とは。

箱根駅伝があるからこそ若い人たちが陸上やマラソンに興味を持ってくれているのだと思います。駅伝の魅力は1校10人と出場できる人数が多いこと。それがマラソン人口の増加を支えているのではないでしょうか。

―― 「いだてん」の感想と、「箱根駅伝」を描く回への期待は?

金栗四三さんの素朴で真面目なところは長距離選手そのもので、短距離選手・三島弥彦さんの華やかさとの対比もよく描かれています。そして、金栗さんが取り入れていた砂浜での耐暑訓練は、僕も実際に行なっていたので驚きました。「いだてん」は共感することが多くあり、見ていて本当に楽しいです。

駅伝がなければ日本のマラソンはこんなに発展していません。そんな日本マラソンの原点ともいえる箱根駅伝の第一回大会のドラマですから、テレビの前で正座して見たいと思います。

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