背負投を武器に強くなる主人公に自分を重ねて。柔道・野村忠宏『柔道部物語』【私のバイブル #1(前編)】 (1/2)
超一流のアスリートも、小さい頃はマンガの主人公に憧れ、未来を夢見る少年でした。この企画では、そんなアスリートたちに自身が影響を受けたマンガを紹介していただきます。記念すべき第1回は、オリンピックで3大会連続金メダルを獲得した、柔道家の野村忠宏さんです。
主人公を自分に照らし合わせて
― まず野村さんと『柔道部物語』の出会いから教えてください。連載開始当時(1985年)はまだ11歳でしたので、青年誌(ヤングマガジンにて連載)を読むには少し早いのかなというところですが。
小林まこと先生の作品とは、『1・2の三四郎』が初めての出会いですね。あれが小学生の頃で、そこで柔道も扱われていたんですよ。次に『柔道部物語』なので(奥付をみながら)1巻の発売が1987年なので、ちょうど中1のときですよね。先輩や同級生が買ったものが柔道部の部室に置いてあったというのがスタートですね。
― 野村さんが最初にこの作品に魅力を感じたのはどの辺りにあったのでしょうか?
主人公の三五十五(さんご・じゅうご)が弱かったということですね。私は3歳から柔道をやっていましたが厳しい稽古もしてなかったし、体も小さくて、いつも投げられて、負けてという選手でした。
弱い三五が背負投を武器に強くなっていくという過程を、当時弱かった、背負投を得意技……というには試合で通用する技でもなかったのですが、その技を磨いて強くなりたいと思う自分に照らし合わせて読んでいたんです。
― 三五は初めて背負投で五十嵐寛太先生を投げたときに、何かを掴んでそこから一気に成長を遂げましたが、野村さんは練習しているとき、マンガで何かを掴んだみたいな感覚を覚えたときはありますか?
正直そういう感覚はなかったですね。練習の中で少しずつ出せるようになっていってということの繰り返しで気づいたら通用するようになっていました。ただ、自分が勝負するのは背負投しかないと思っていたし、中高の弱かった時代にも、ごくたまに練習の中で背負投が決まる瞬間があって、その喜びが大きかったですね。
その喜びを糧に、背負投を信じて磨いていけばいつか自分はすごい選手になれるんじゃないかと、当時それは現実的ではなかったかもしれないですが、自分への期待、背負投への期待だけで続けてこれたようなものです。
現実の畳の中をリアルにイメージできた
― 連載当時は『柔道部物語』だけでなく『YAWARA!』や『帯をギュッとね』など、柔道を題材にしたマンガが多く連載されていました。その中で特に『柔道部物語』に心を奪われたのは三五の影響が大きいのでしょうか?
それもありますが、自分らからしてこれだ! と思ったのが、まず『柔道部物語』は描写がリアルというのが大きかったですね。自分も強くなかったけど真剣に柔道をやっていたから、柔道のシーンでの組み方、投げ方、極め方っていう動きがリアルかどうかはすごく重要だったんです。自分たちが現実に畳の中で向かい合ったとき、動きや相手の崩しがいちばんリアルにイメージできたのが『柔道部物語』だったんです。
― 実際投げが決まる前の崩しの描写など、他のマンガではスポイルされがちですが、実際に競技を経験している方にとっては「そうそう、これがないと」という部分をきめ細かく丁寧に描写している作品でした。その上でスピード感も失わず投げが決まった瞬間のコマなど非常にダイナミックで、リアイティはもちろん、「空気」が感じられる作品でした。
空気感でいうと、リアルな柔道部の理不尽さとか、男臭さというのが描かれていたのも魅力でしたね(笑)。「こういうのあるよなー」とか、「こういう先輩いるよなー」って言うのをよく柔道部で話していましたね。
― たとえば野村さんの中高時代、マンガに出てくるようなこんなしきたりがあったというのがあれば、言える範囲でお聞かせいただけると。たとえば劇中で部員の挨拶は「ザス! サイ! サッ!」でしたが(笑)。
中学のときの挨拶は確か「チョース!」だったと思います(笑)。あと、高校時代は先輩に対して「できません」「知りません」と絶対に言ってはいけないんです。ただ、どうやって調べてもわからないときもあるんですよ(笑)。そのときはもう「はぁ」っていうしかないんです。何を言われても下向きながら「はぁ」「はぁ」言って。先輩から「はぁちゃうやろ!」って突っ込まれても、それでも「はぁ」って答える(笑)。
― (笑)。まあ時代的に柔道部に限らず、どこの運動部でもいろんなしきたりや上下関係はありましたからね。強豪校ならなおさらだと思いますが。
それはもう、かなりものだったと思います。だって高校に入って自分の同期が12人中9人脱走しましたからね(笑)。天理高校にくる連中って言うのはほとんどが県大会チャンピオン、全国でも上位というその世代の猛者たちなので、そいつらが脱走するっていうのは、それだけキツかったということの何よりの証だと思います。
― 確かに柔道部の猛者が脱走というのはただ事ではないですね(笑)。その脱走した同級生はそのまま戻らず?