大根仁×訓覇圭。前畑がんばれ、ヒトラーを描くベルリン五輪、「ボクなりに理想とする『いだてん』の回になった」 (1/3)
日本人初のオリンピアンとなった金栗四三と、1964年の東京オリンピック招致に尽力した田畑政治を描いた、宮藤官九郎さん脚本によるNHKの大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』。
ベルリンオリンピックが、いよいよ佳境を迎えています。第36回「前畑がんばれ」(9月22日放送)では、前回大会(ロサンゼルス・オリンピック)の雪辱を期す前畑秀子(演:上白石萌歌)が日本中の期待を背負って決勝のレースに臨みます。折しも地元ドイツは、ヒトラーの台頭により国中がナチズムに傾倒しつつある状況。田畑政治(演:阿部サダヲ)が率いる日本選手団も、そんな空気を肌で感じています。
都内では、第36回を演出した大根仁さん、および制作統括の訓覇圭さんを囲んだ合同インタビューが実施され、今回の舞台裏や見どころについて語ってくれました。
[プロフィール]
●大根仁(おおね・ひとし)
1968年生まれ、東京都出身。『演技者。』『劇団演技者。』(フジテレビ系)、『30minutes』『アキハバラ@DEEP』『去年ルノアールで』『週刊真木よう子』『湯けむりスナイパー』(すべてテレビ東京系)など深夜ドラマの演出や脚本を多く手がけ、2010年の深夜ドラマ『モテキ』(テレビ東京系)でブレイク。その後、『モテキ』(2011年)、『バクマン。』(2015年)、『SCOOP!』(2016年)、『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(2017年)、『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(2018年)など映画作品の監督を務める。その他にも、電気グルーヴのドキュメンタリー映画やスチャダラパーなどのMV(ミュージックビデオ)など、音楽関連のコンテンツも多く手がけている。NHK大河ドラマにおいて外部から演出家を呼ぶことは史上初の試み。●訓覇圭(くるべ・けい)
1967年生まれ、京都府京都市出身。1991年、NHK入局。『ハゲタカ』、『外事警察』、『TAROの塔』、『55歳からのハローライフ』、『トットてれび』など数多くのテレビドラマを手掛ける。2013年の連続テレビ小説『あまちゃん』では制作統括を務め、『いだてん』の宮藤官九郎(脚本)や井上剛(演出)、大友良英(音楽)らとともにヒット作に導いた。(写真は2018年12月に行われた記者会見のもの)
【あらすじ】第36回「前畑がんばれ」(9月22日放送)
ロサンゼルスオリンピックの雪辱を期す前畑秀子(上白石萌歌)は、経験したことのないプレッシャーと闘う。日本国中から必勝を期待する電報がベルリンに押し寄せ前畑を追い詰める。レースを目前にアナウンサーの河西三省(トータス松本)が体調を崩すが、田畑(阿部サダヲ)は前畑勝利を実況すると約束した河西の降板を断固拒否する。そして迎えた決勝。ヒトラーも観戦する会場に響くドイツ代表への大声援。オリンピック史に残る大一番が始まる──。
ヒトラーを演出するということ(大根)
――第36回では、どんな演出を心がけましたか。
[大根]
メインとなったのは水泳のシーンです。速く、力強く泳ぐ映像が必要になりました。マラソンなら、背景も流れるし、表情もつくりやすく、汗でも表現できる。意外と走っているシーンって、役者も撮る方もやれるんですが、これが水泳となると、基本的に同じコースをずっと泳いでいますし、汗もかかない、表情も撮りづらい。それを、どう見せるかということに苦心しました。
ボクが泳ぐわけじゃないので、前畑秀子を演じる上白石(萌歌)さんに、まずは身体をつくってもらった。本人も、キャスティングが決まった時に自分の身体の線の細さに「とってもメダリストには見えない」と感じていて。そこで肉体改造ですね、体重を自ら7kg増やし、水泳の特訓をして、日サロにも通って。前畑さんのフォルムをつくるところからやってもらいました。現場では、がんばれとしか言えないというか。ボクも「がんばれ、がんばれ」と言ってしまいました(笑)。
ライバルとなるのは、ドイツのゲネンゲル選手。彼女を演じた役者さんは、ドイツから来られたんですが、役者さんでもあり実際に水泳経験もある。しかも大きな大会で記録を残している人でした。その人と、拮抗するレース展開を撮る。同じくらいのスピードで泳いでいるように見せるのが大変でした。
――ベルリンオリンピックの全体像を、どのように描きましたか。
[大根]
後に「ナチスのプロパガンダに利用された」と言われるくらい、政治色の強い大会だったのですが、この大会から、鮮明な映像が残るようになりました。「民族の祭典」というオリンピック記録映画にはヒトラーの姿もバッチリ映っています。まだナチスが牙をむく前の時代なので、ヒトラーの演出をどうするか悩みました。戦後史観というか、現代のボクらが抱く感覚で撮って良いのかどうか。恐怖の対象として撮って良いのかどうかですね。この時代、彼はドイツ国民から圧倒的な支持を得て首相にのぼりつめたわけですから、そこまで悪魔のように描くのは違うんじゃないかというところがあって。そこで当時の文献を調べたり、あとはナチスの監修者と話したりして、人間味が出るようにヒトラーを演出してみました。
――公式映画の映像を組み合わせていますね。
[大根]
『いだてん』は「近代」と「オリンピック」を題材にしているので、いわゆる普通の大河ドラマとは違って、たくさんの映像が残っています。だから記録映像をふんだんに取り入れていこう、というのは最初から決まっていたことなんです。ベルリンオリンピックの場合、レニ・リーフェンシュタールという女性監督が、本当に巧みな演出で映像を残しています。この大会に向けてカメラやレンズも新しく開発したようです。いま見ても、見ごたえのある大作になっている。しっかりした映画なので、そこに負けないように撮ることを意識しました。特にヒトラーの登場シーンなどを。プールの大観衆をVFXでつくったときは記録映像と組み合わせることで臨場感が増幅しました。
――映像の色味にも、前回大会(ロサンゼルスオリンピック)とは差をつけているのでしょうか。
[大根]
そうですね。ロサンゼルスは田畑(政治)の青春のピークと言いますか、人生でイチバン楽しかった時期だった。西海岸ということで、明るい、カルフォルニアの青い空の下で、というイメージで色をつけています。ベルリンの場合は、マーちゃんも「このオリンピックはあまり好きじゃないな」なんて言ってましたが、田畑から見たオリンピックの印象が反映されている。それを映像のトーンで表現した積もりです。時代としても段々、重いものが忍び寄ってきている。ロサンゼルスとは違いますね。実はロサンゼルスのときと同じプールで撮影しているので、差をつけないとバレちゃう、という裏事情もあります(笑)。
――外国人のキャストも印象的でした。
[大根]
そうですね。特にヒトラーは、誰もが知っている。そこで、日本にいるドイツ人では難しいと判断して、コーディネーターにお願いして、ドイツに住んでいてヒトラー役をよく演じている役者さんの中で何人かを選んで、ビデオオーディションで決めました。日本選手団の面倒を見てくれるヤーコブ青年は、別の映画で一緒にやったことがあって。本職の役者ではないんですが、勘が良いので、あの子が良いのではとキャスティングしました。
――実際に、ヤーコブのモデルとなった人物が、当時もいたんでしょうか。
[訓覇]
彼はベルリンの選手村の村長代理だった方の実話エピソードをもとに、設定を置き換えています。
僕には2人が役を越えて本人と同化したように見えました(大根)
――日本の女子スポーツ史を代表する、人見絹枝さん、前畑秀子さんの回を大根監督に任せた理由は。女性を撮るのが上手だから、でしょうか。
[訓覇]
はい。ボクが言おうとしていたことをおっしゃいましたね(笑)。
[大根]
個人的には、人見絹枝さんのときも、菅原小春というすごい女優が生まれる瞬間に立ち会えて良かったな、という気持ちがあります。『いだてん』に参加する前は、女性アスリートを2回、撮ることになるとは思っていませんでしたね。戦前のオリンピックを語るうえで、「前畑がんばれ」というエピソードは、ほとんどの日本人が知っている。ナチスやヒトラーも出てきますし、この重要な回をよくぞ外部のボクに任せたなという気持ちです(笑)。
『いだてん』は主人公も2人いますし、さまざまなレイヤーでストーリーが描かれていきます。宮藤(官九郎)さんが描きたかったことのひとつが、女子スポーツについて。女子選手が生まれるところから始まり、それがオリンピックに出られるくらいに大きく成長していく。これが(1964年東京オリンピックの)東洋の魔女までつながっていきます。そうした流れの中で、前半で大きな存在だったのが人見絹枝さんと前畑秀子さんでした。実際、前畑さんは人見さんに憧れていたようです。
菅原さんも800mのレースのシーンは大変だったと思うし、上白石さんも今回は涙ぐましい努力をしていた。まだ第36回が完成したばかりで、2人のアスリートにどんな共通点があったか、までは整理できていないんですが。ボクがこれまで撮ってきた女優は、どれも恋愛描写が中心でした。アスリートの女性を描くのはじめてだった。今回で自信がついた部分もあります。