インタビュー
2017年4月12日

トップアスリートとして、女性として目一杯に生きる。杉山愛を作ったもの<Vol.1>

 テニスプレイヤーとして長年世界のトップを駆け抜けてから引退、その後に続く人生でもテニスと関わり続けていくことを選んだ杉山愛さん。母として、指導者として、そんな杉山さんのいきいきとしたライフスタイルは世代を越えて注目を集めています。

 スポーツを通して杉山さんを作ってきた、私たちの暮らしへのヒントとなるお話を伺いました。

《杉山愛さんインタビュー》
・[Vol.1]トップアスリートとして、女性として目一杯に生きる。杉山愛を作ったもの
・[Vol.2]元アスリートの人生設計、礎となった「親子」の関係。杉山愛が描く新たなライフスタイル
・[Vol.3]世界と競うこと、日々の暮らしを生きること。杉山愛に学ぶアスリートのメンタル、壁の乗越え方

引退から7年半、今の暮らし

−− 現在、スポーツとはどのような関わりを持っていますか?

 現役を引退して、7年半経つのですが、これまで指導に関しては時間もエネルギーも割くことができていませんでした。昨年の3月まで大学院に通い、学生、仕事、母親と忙しく日々を過ごしていました。大学院で2年間、コーチングやマネージメントなどを学んできましたので、この春からはそれを現場に活かそうと思っている最中です。ちょうどこの4月からは私自身ライフスタイルを変えて、指導の方にも力を入れていくことで、テニスに対して恩返しをしていきたいと思っています。

−− 現在もテニスをプレイされることはありますか?

 昨年までは論文の執筆などに時間をとられ、本当に勉強ばかりしていました。やっとそれから解放されましたので、少しずつですがコート上に立つ時間が増えてきました。最近になって自分がやりたいことがかたちになっているなあと思っているところです。

−− 引退されて7年半で、結婚、出産と一人の女性として大きな変化がありましたね。

 そうですね。結婚もしましたし、どうしても子どもが欲しかったので、いろんな努力をしました。アスリートとして長年活動させていただいたあとの自分のライフスタイルを考えたときに、テニスと本気で向き合うために、まずは何をしなければならないか、そのことについてはすごく考えました。指導とは決して片手間にできるものではありません。自分の性格を考えたときに、指導のことを優先させるとそればかりになってしまうということが分かっていましたので、今の自分の人生において何をするべきか、その大切な選択が私にとってはまずは子どもをつくることでした。今はまだ1歳8ヶ月と子どもも小さいのですが、将来的には息子がもう少し大きくなったら、一緒にテニスを楽しみたいと夢が広がっているところです。

過酷なアスリートの生活を終えても、必要だった身体のケア

−− 引退後もトレーニングは継続されていたのでしょうか?

 それが引退直後はまったくやらなくなってしまって(笑)。現役時代に身体を酷使してトレーニングをしてきたのは、試合でのパフォーマンスを上げるためでした。なので、現役時代のトレーニングは、目的に対して自分がやるべきことのひとつだったんですね。もともとスポーツや身体を動かすことが大好きで、子どものころからテニス以外にもたくさんの競技にトライしてきました。ですから引退しても身体を動かし続けるんだろうなと思っていたのですが、ぱったりやらなくなってしまって。それは自分でも意外なことでしたね。

−− 確かにそれは意外ですね。

 ですが、妊活のなかで、アスリートのように身体をケアすることの大切さを知りました。体質改善するためには身体を動かすことが重要で、トレーニングと同じように「自分」に目を向けることの大切さがあらためてわかりました。それで今までやったことのなかったようなベリーダンスなど身体を動かしながら、選手時代とは違った身体のケアをするようになりました。

−− そのなかで日々の暮らしで一番変わったこととはどのようなことですか?

 選手時代は過酷なツアー生活を送っていましたので、一年のうち8ヶ月は海外生活でした。そんな環境で自己管理をした上で、高いパフォーマンスが要求されます。大きな負担がかかっていた身体と心をどうやって元気にするかということが選手時代においては重要なことでした。そういった意味では身体と心の整え方が、一般的な一社会人になったことが、一番大きく変わったことです。

−− たしかにトップアスリートから一人の女性に、その変化は一般の私たちには想像もできない大きな変化ですね。

 日本にこれだけ長くいる生活自体が子どもの頃以来なかったことです。それだけでも生き方に大きな変化がありますよね(笑)。選手時代は0コンマ何秒の反応が求められ、身体をそれに反応できるように常にぴりぴりしています。試合の有無に関わらず、ルーティンワークな日々の小さな積み重ねを選手時代は続ける必要があり、それが一気になくなったのは大きな変化です。ですが選手であろうとなかろうと、一番大切なのは、食べること、眠ること、気持ちをリフレッシュすることです。それはすべての人の日常においても大切なことだと思っています。それをあまりストイックに突き詰めすぎてもそれがストレスになって逆効果です。バランスよく向き合ってきたことで、プロ選手として17年間の長きにわたってやってこられたのではないかと思っています。

−− その理由は何だと思われますか?

 17年間それほど大きな怪我をせずにやってこられたのは、自分の心に向き合う時間と、ストレッチにはじまりトレーニングといった身体をケアする時間はほかの誰よりも長かったという自負があります。それが怪我のない身体に結びついていったのではないでしょうか。

テニスが自分にくれたもの

−− いま振り返って、あらためてテニスをやってきて良かったと思うことはどのようなことですか?

 テニスをやっていなければ今の自分がない!というくらい、テニスが今の自分をつくってくれたと思っています。現役時代に私が目指していたのは、海外で活躍することができるプレイヤーでしたので、それを実現することができたのも嬉しかったですし、ものすごく貴重な経験をさせてもらったと思っています。異文化に触れたり、世界中に友達ができたことも何よりも財産だと思っています。いい時ばかりではありませんでしたが、それを乗り越える精神的な強さもテニスを通して学ばせてもらったと思っています。

《杉山愛さんインタビュー》
・[Vol.1]トップアスリートとして、女性として目一杯に生きる。杉山愛を作ったもの
・[Vol.2]元アスリートの人生設計、礎となった「親子」の関係。杉山愛が描く新たなライフスタイル
・[Vol.3]世界と競うこと、日々の暮らしを生きること。杉山愛に学ぶアスリートのメンタル、壁の乗越え方

<Text:加藤孝司/Photo:鈴木慎平>

[プロフィール]
杉山 愛(すぎやま・あい)
1975年7月5日生まれ、神奈川県出身。元プロテニスプレーヤー。4歳にテニスを始め、17歳から34歳まで17年間、世界各国のプロツアーを転戦。女子ダブルスでは、全米、全仏、全英で優勝。グランドスラム(全豪、全仏、全英、全米)におけるシングルス連続出場記録62回は、女子歴代1位。WTAツアー最高世界ランクは、シングルス8位、ダブルス1位