インタビュー
2017年5月8日

元アスリートの人生設計、礎となった「親子」の関係。杉山愛が描く新たなライフスタイル<Vol.2>

 テニスプレイヤーとして長年世界のトップを駆け抜けたのちの引退、続く人生でもテニスと関わり続けていくことを選んだ杉山愛さん。母として、指導者として、そんな杉山さんのいきいきとしたライフスタイルは世代を越えて注目を集めています。

 今回は、現役引退後に直面した新たな人生の描き方など、杉山さんがまさに現在進行系で取り組むセカンドキャリア・ライフについてお話を伺いました。

《杉山愛さんインタビュー》
・[Vol.1]トップアスリートとして、女性として目一杯に生きる。杉山愛を作ったもの
・[Vol.2]元アスリートの人生設計、礎となった「親子」の関係。杉山愛が描く新たなライフスタイル
・[Vol.3]世界と競うこと、日々の暮らしを生きること。杉山愛に学ぶアスリートのメンタル、壁の乗越え方

リスタート。選び取った人生のための準備期間

−− 長年トップアスリートとして活躍されてきたゆえに、今までできなかったこともたくさんあったと思うのですが、引退後にやってみたかったことは?

 子どものころから夢にみて、憧れていたことが長年仕事としてできていましたので、新たに「やってみたい」と思うものは当初ありませんでした。ただ、選手時代は遠征続きでしたので、日本でゆっくり暮らすといったことから、犬を飼う、富士山登山をする、というような願望はあって。

 とはいえ仕事の面では、この先どうすればいいんだろう、と心にぽっかり穴があいたような時期もありました。ありがたいことに引退した翌日には仕事をいただいていたのですが、新たな忙しい毎日のなかで、どこに向かっているのか分からない心持ちもありました。

 アスリート時代にはまず確固とした自分の夢や目標が目の前にあり、それを実現するために、短期、中期、長期的に何をしなければならないのかということを明確に、きちんと乗り越えていくことで夢を掴みとってきました。選手時代と変わって、時間をどうやって過ごしたらいいのか分からなくなってしまったのです。

−− その壁はどのように乗り越えたのですか?

 このままではいけないと思い、私は何がやりたいんだろう?と、目標、やりたいことを書き出したノートを作りました。とりあえず書き出すのなら多い方がいいということで(笑)、結婚、出産、仕事など人生設計に関わることから、マラソン完走、富士登山など、たわいのないことまで、100個を目指してリストを作っていきました。

 10年スパンで考えてリストアップしたのですが、30個くらい書いたところでパタッと手が止まってしまって、これしかないの?と愕然としました。その後、あれが欲しい、これがしたいなどもっと気楽な欲求を書き加えていくうちに頭のなかも整理されて、送りたい人生のあり方、仕事のプライオリティも明確になってきました。かなり時間もかかったのですが、自分にとってとても大切な時間だったと思います。

−− ひとつのビジョンを創り出し、やりきることも大切なのですね。

 タイプによりますが、私の場合、ゴールがなく頑張っても遠回りしてしまう気がしていました。アスリートでしたので、目標をひとつずつクリアしていくやり方が性に合っているんでしょうね。目的に至る距離が短くなるような気がします。それとライフスタイルを考えるときは、いつもワクワクすることだけを考えています。

−− ご結婚されて、お子さんが生まれたことも大きな転機になりましたか?

 本当にそれは大きな転機になりましたね。 

母になって。スポーツというコミュニケーションが親子にもたらすもの

−− お子さんとのコミュニケーションについてお聞きしたいのですが、まずお子さんにスポーツをやって欲しいと考えてらっしゃいますか。

 スポーツは多くのことを学ばせてくれます。もちろん楽しむということがベースにはあると思いますが、チームスポーツであれば皆で同じ目標に向き合っていくことで、チームワークからコミュニケーションやチームスピリットを学ぶことができます。それと身体だけでなく心もトレーニングされたり、スポーツが人を創る部分はあると思っています。ですので、子どもにも競技種類は何でもよいので、スポーツはやってもらえたらなあと思っています。

−− 読み聞かせやおでかけなど、親子のコミュニケーションはたくさんあると思うのですが、スポーツがもたらす効能には、どのようなものがあるとお考えですか?

 スポーツを一緒にすることで親子のコミュニケーションは確実に増えます。今日は何をしたの、何ができたの? 楽しかったと言うなら、何が楽しかったのか聞くなど自然と話がはずみます。それと子どもが興味をもって始めたら、親も一緒の興味をもち始めるという選択肢もありますし、プロの試合を観戦しに行ったり、プレイする他にも共有できる世界があることで親にとっても子どもにとっても視野が広がり、絆も深まっていくのではないでしょうか。

−− まだお子さんは小さいと思いますが、いま現在どのようなことに取り組まれていますか?

 本当にまだまだ小さいのですが、私たち夫婦がそれぞれやってきたテニスとゴルフはできる環境にありますので(笑)、クラブに一緒に行ったときにはボールとたわむれて遊んでいます。私自身は子どものころには体操をやっていて、そこで柔軟性やバランスを養いました。結果、それが大きな怪我もなく、長いあいだ現役を続けられる身体の基礎を作ったような気がしています。自分の感覚のなかでのことなのですが、体操はやってきて良かったと思うので、体操教室には親子で通いたいと考えているところです。

−− お子さんがいるアスリート同士で情報交換をされることもありますか?

 女子アスリートの会があるのですが、ママになっている方も多くいます。すると、この競技はこの人に習えるとか、スポーツに関してはコネクションがたくさんあるのは心強いです。意外に自分がやってきた競技は自分の子どもには薦めないママが多かったりしておもしろいですね。うちの子は男の子ですので、本人が興味をもったものであればなんでもいいと思っています。ただ、私もそうでしたが、自分一人ではできないことも多いので、全面的にサポートをしたいと思っています。 

母として、娘として「親子」が創り出すそれぞれの人生

−− 杉山さんご自身が、指導者であったお母様から影響を受けたことはどのようなことですか?

 母は指導者というよりも根っからの教育者で、幼児教育や人材育成に力を入れています。近年も大学で博士号を取得するなど学ぶことに意欲的な人です。エネルギッシュですごい人だなと尊敬しています。なかでも母との関係のなかで私が一番心地よかったのは、親子の距離感でした。

 のちに聞いた話なのですが、私の親は「子どもは社会からの預かりもの」と思って育てていたそうです。子どもは親の所有物ではなく、いずれは社会にお返しするという考え方です。まず「個」を尊重してくれて、何をするにしても、あなたは何がしたいの? 何が好きなの? と聞かれていました。そうすることで逆に自分から「聞いて聞いて」と親に話をするようになるんです。

 考える力も決断力も日常のなかで自然に養われていったと思っています。4歳でテニスを始めて、7歳で“これで生きていこう”と思えるものに出会えたことはラッキーでした。自分の子どもに対しても、私の親がしてくれたのと同じように向きあっていきたいと思っています。

《杉山愛さんインタビュー》
・[Vol.1]トップアスリートとして、女性として目一杯に生きる。杉山愛を作ったもの
・[Vol.2]元アスリートの人生設計、礎となった「親子」の関係。杉山愛が描く新たなライフスタイル
・[Vol.3]世界と競うこと、日々の暮らしを生きること。杉山愛に学ぶアスリートのメンタル、壁の乗越え方

[プロフィール]
杉山 愛(すぎやま・あい)
1975年7月5日生まれ、神奈川県出身。元プロテニスプレーヤー。4歳にテニスを始め、17歳から34歳まで17年間、世界各国のプロツアーを転戦。女子ダブルスでは、全米、全仏、全英で優勝。グランドスラム(全豪、全仏、全英、全米)におけるシングルス連続出場記録62回は、女子歴代1位。WTAツアー最高世界ランクは、シングルス8位、ダブルス1位

 <Text:加藤孝司/Photo:鈴木慎平>