インタビュー
2018年1月22日

2020年を試行の場にはしたくない。パラ陸上選手と義肢装具士が模索する、スポーツ用義手の可能性(後編)│わたしと相棒〜パラアスリートのTOKYO2020〜 (1/3)

 東京2020パラリンピックを目指すアスリートの傍らには、彼ら彼女らをサポートするヒト・モノの存在がある。双方が合わさって生まれるものとは何か。新たにスタートする本連載「わたしと相棒〜パラアスリートのTOKYO2020〜」では、両者の対話を通してパラスポーツのリアリティを探る。

 陸上競技パラリンピック・メダリストの多川知希選手(AC・KITA所属/ T47/上肢切断などのクラス)は、出場すれば4度目のパラリンピックとなる東京大会に向けて、新たな強化の視点を見つけ、邁進している。多川選手と彼をサポートする義肢装具士・沖野敦郎さんの対話。後編では、過去の手法を疑い、自身の変革に励む多川選手と、そこに義手のアイデアで寄り添う沖野さんの姿に迫った。

▼前編はこちら

無くても走れる、でも不可欠。パラ陸上選手と義肢装具士が模索する、スポーツ用義手の可能性(前編)│新連載「わたしと相棒〜パラアスリートのTOKYO2020〜」#1 | おすすめ記事×スポーツ『MELOS』

〝半身強化〟で感じる伸びしろ

――多川さんの競技の話に移りますが、トレーニングをする上で工夫している点はありますか?

多川:僕は右腕の肩甲骨が硬いのですが、来シーズンに向けて、左右のアンバランスな部分を見つけて改善する方法を模索しています。昔は無意識に左半身に頼ったトレーニングをしていたように思うので。最近はパーソナルトレーナーに見ていただいて、右半身も均等に使うことを意識するようになったので、まだ伸びしろがあるとは思いますね。

――普段から左手中心の生活だから、右側の筋肉が固まってしまっていると。

多川:そうだと思います。右手は基本的には使わないので、可動域も狭いんです。

沖野:最近は彼の方から「こういうトレーニングをしたいので、こんな義手はできないか」という提案も出るようになりました。以前は本人もそこまで右手のことを考えていなかったのか、そのような話は出ませんでした。

多川:2020年まで3年弱ですからね。今までも何となくやっていたわけではありませんが、今後は長所を伸ばすだけでなく弱点を埋めることにも目を向けないと、向上の余地が無くなっていくと思って。年齢も年齢ですし(笑)。

――その気持ちは例えば、海外の選手と競うなかで感じたのでしょうか?

多川:それはあります。正直なところ、今まで「今日は良いタイムが出るぞ」とか「これだけ練習したから絶対にいける」と思ったことがあまりなくて。「不意にタイム出ちゃった」とか、「やっぱりダメだった……」とか、そういうことが多かった。東京でチャンスを無駄にしないためにも、「このプロセスを踏んで来たから、記録が出るはず」と自信を持って舞台に立ちたい。その意味で、トレーニング用の義手製作でも沖野さんにご協力いただいているというところですかね。

沖野:ここ最近、ディスカッションができるようになったというか。「ここはこうじゃないですか」、「僕はそうは思わないです」という議論ができるようになりました。多川君の中で義手に対するイメージが確立されつつあるんじゃないかとも思っていて。それは新しい物を作るうえで大事なことで、コミュニケーションミスが起こる危険性も少なくなる。お互いに納得したうえでトライすることができる。パラアスリートとしてひと回りもふた回りも大きくなっているんじゃないかなと思いますね。

〝軽量化〟への疑い。義手製作も次のステップへ

――ちなみに多川さんとしては、議論をしながら義手を製作していくうえで難しく感じている点はありますか?

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