インタビュー
2017年6月26日

裸足ランニングに学ぶ“ホントの身体の使い方”。裸足王子・吉野剛ロングインタビュー (1/2)

 走るときはランニングシューズを履く。その常識を覆す“裸足ランニング”について、以前MELOSでも実体験からそのメリットを紹介しました。

▼実践者は語る!“裸足での運動“がもたらすメリット
https://melos.media/training/1176/

 この裸足ランニングは、もともと日本ベアフット・ランニング協会代表で、「裸足王子」の愛称で知られる吉野剛さんが国内で提唱した考え方。いかにして裸足ランニングに出会い、具体的にどのような取り組みを行っているのか。そして、裸足ランニングで得られるものとは。吉野さんにたっぷりお話を伺いました。

海外留学をきっかけに裸足ランニングに出会う

 吉野さんは、もともとランナーや陸上競技選手だったわけではありません。ランニングは日本の大学を中退し、アメリカへ留学してから始めたと言います。

「留学した際、寮に“ミールプラン”というものがあって、いわゆるジャンクフードが食べ放題だったんですよ。自分は太らない体質なのだと思っていたんですが、好きなだけ食べていたら、あっさり15kgも体重が増えてしまいました。それに対して運動量は減っている状況。そんな中、たまたま大学内の陸上競技場で1,500mを走る機会があったんですが、唖然とする出来事が。なんと、約7分半もかかったんです。これは、さすがにショックでしたね」

 それ以前はテニスをやっており、身体を動かすこと自体にはある程度の自信があった様子。だからこそ1,500m走の結果に危機感を得た吉野さんは、クロスカントリー部への入部を決めたそうです。

「もちろん最初はすごく遅かったんですが、少しずつ走れるようになっていきました。しかしそこで、1つの違和感を強く感じるようになったんです。それが、メンバーがよく怪我をしているということ。私自身もシンスプリントが多くて、走っては怪我で休む……の繰り返しになっていました」

 アメリカでは機能性の高いモノが多く、インソールやクッション性の高いシューズ、また治療なども多くの選手が利用していました。それなのに怪我をしてしまう。しかも多くの人が、ランニングすれば怪我するのは当たり前だと考えていたそうです。

「大学院に進む際、運動分析(バイオメカニクス)を専門として選びました。もともと理系だったので、その知識を活かせる分野だと考えたんです。そこで実験したのが、シューズと裸足での不随意反射の違い。つまり脳が指示を出すより速く反応する速度です。例えば片足で不安定な場所に立ち、いきなり倒れそうになる。その際、倒れまいと筋肉が反応するわけですが、明らかに裸足の方が早いという結果が出ました」

 この実験結果から吉野さんがたどり着いたのが、裸足によって捻挫など多くの怪我が防げるのではないかという考え。つまり裸足ランニングには、実験に基づくしっかりとした根拠があるのです。ではその後、研究者としての道を歩んだのかと言えば、そうではありません。吉野さんは研究ではなく、普及に取り組もうと動き始めました。

日本ベアフット・ランニング協会の設立

 吉野さんは当初、日本ではなくアメリカでの活動を考えていたと言います。

「日本では実績がないと受け入れてもらえません。いくら伝えても、『誰もやっていないから』と言われてしまいます。まして、私はもともとランナーではなく、ダイエットがてら走り始めたわけですから。日本での普及は難しいと感じていました。しかしアメリカでは話を聞いてくれる人は多く、実際の反応も悪くありません。さらに当時、裸足ランニングについてはメディア等でも取り上げられつつあり、タイミングも良かったんです」

 しかしテロなどを背景にビザ取得が厳しくなっており、アメリカでの永住権を取得することができませんでした。そのため、結果的に吉野さんは“日本でやらなければいけない”状況に追い込まれます。しかし実際に活動してみると、やはり団体などにアプローチしても門前払いという状況。そんな中、1つの出逢いが日本での活動を後押ししたそうです。

「トップギアランニングクラブの代表・白方健一さんと出会い、埼玉でランニングクラブを立ち上げました。とはいえ中身は一般的なクラブで、そこに少しずつ裸足でのトレーニングを入れていったんです。私自身は見本を見せるため、基本的に裸足で走っていましたけどね」

 埼玉ランニングクラブはメンバーの満足度が高く、50名ほどの規模まで拡大。しかし残念ながら、それは吉野さんが目指す形と違っていたと言います。

「アメリカでは常に新しい人が入ってきて、クラブがどんどん大きなコミュニティになっていきます。しかし日本ではある程度の規模になると、新しい人が入りづらい環境になりがちです。メンバーに満足してもらえていたことはうれしかったのですが、裸足ランニングが定着する未来は見えませんでした」

 そこで吉野さんは方向転換し、ランニングクラブから裸足ランニングを広げるのではなく、最初から興味を持ってくれる人に対象を絞ろうと考えたとのこと。そこで立ち上がったのが、一般社団法人日本ベアフット・ランニング協会でした。2011年9月には『裸足ランニングクラブ』が始動しましたが、裸足でのトレーニングを全面に出した教室は、おそらく日本で初のものだと言います。

海外を巻き込んだプロジェクトも活発化

 現在、国内では『裸足ランニングクラブ』のほか、裸足で走る『ベアフットマラソン大会』の開催などに取り組んでいる同協会。しかし吉野さんの活動は、現在海外へと広がっているそうです。

「少しずつ海外から声が掛かるようになり、中国やシンガポール、タイ、ケニアなどでの活動が活発化してきました」

 今回特に注目したのが、ケニアで動いているというプロジェクト。ケニアといえば、日本で活躍するランナーを目にする機会も多いでしょう。実際、日本との繋がりは多いようです。

 ケニアでは貧しい家庭も多く、お金がなくてシューズが買えないことも珍しくありません。そのため、例えば学校まで何kmもの道のりを、裸足のまま走って登校する子どもも珍しくありませんでした。しかし吉野さんがケニアに行ってみると、現在はかなり状況が変わっていたと言います。

「現在のケニアでは、シューズがもはや必須。多くの選手がシューズを欲しがっていました。それも、できるだけソールの厚いシューズが良いと言うんです。その理由は怪我をしないため。しかしそれに反して、怪我人が急増しているんですよ。さらにトレーニング内容もインターバルやペース走などシステマチックになっていて、走行距離も伸びていました。まさに、日本の陸上競技がそのまま反映されている印象です」

▲男子マラソン世界記録(公式)保持者である、ケニアのデニス・キプルト・キメット選手(Getty Images)

 25歳以上の選手は、裸足を敬遠しているとのこと。しかし実際にシューズを履いて怪我が減ったかと聞けば、答えはNoだと言います。むしろ、裸足で走っていたときに怪我した経験のある方がいないほど。ここに、大きな矛盾があります。そのため吉野さんは、まず選手が怪我しないことを前提として、新たなトレーニングキャンプの仕組み作りを始めています。

「選手育成を目的としたトレーニングキャンプは、入るだけで大金が掛かります。しかもトレーニングで怪我してしまえば、追い出されて新しい選手を入れるんです。人数に制限がありますし、ビジネスの面から言えば仕方ないことなのでしょう。トレーニングキャンプにはスポンサーが付きますから、走れなくなった選手を置いておくことはできません。しかしこれが、果たして選手にとって良いことなのか。私は裸足ランニングによって選手が怪我なくトレーニングを行い、食料は自給自足によって金銭負担を減らし、もし選手として結果が出なくても、そこで得た経験をもとに生きていける知識が身につく、そんなトレーニングキャンプを実現させたいと思っています」

 とはいえトレーニングキャンプの取り組みも、やはり結果が出なければ受け入れられていかないでしょう。現在は選手の育成に取り組む傍ら、海外派遣など準備を進めているそうです。このトレーニングキャンプは、日本のみならず世界的に裸足ランニングが認められるきっかけになるかもしれません。

裸足ランニングの普及に向けた課題

 日本国内における裸足ランニングの認知度は、少しずつ広まっているようです。実際、ベアフットマラソンでは340名もの参加者が集まり、協会も全国各地に拠点が増えています。しかし裸足ランニングの普及には、なかなか難しい面も多いようです。

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