インタビュー
2017年12月1日

走った分だけ給与が増える。「パクチーハウス東京」運営会社が"ランニング手当"を始めたワケ|社員の運動を応援する企業 #1

 社会人になって運動する機会が減ったという方、多いのではないでしょうか。しかし運動は健康維持にもメリットがあり、できれば少しでもとり入れたいものです。そこでMELOSでは、社員の運動を積極的に応援している企業をピックアップし、その取り組みなどについて取材していきます。就職・アルバイト先を選ばれる際はもちろん、企業にとっても新たな施策のヒントになることでしょう。

 今回訪れたのは、東京都世田谷区にある株式会社旅と平和。こちらでは、走った距離に応じて最大8,900円の手当を受けられる『ランニング手当』が導入されています。この制度が生まれた背景や実際の活用状況などについて、代表取締役・佐谷恭さんにお話を伺いました。

旅の経験から生まれた3つの事業

 株式会社旅と平和では、主に3つの事業を展開しています。1つはパクチー料理専門店『パクチーハウス東京』の運営、もう1つはコワーキングスペース『PAX Coworking』の運営。そして、マラソン大会『シャルソン』の企画運営です。これら事業が生まれた背景には、佐谷さんご自身による全国各地での旅の経験がありました。

「大学在学中から、世界各国を旅して周りました。旅先ではゲストハウスなどでいろいろな人と話すなど、自然とコミュニケーションが生まれます。そういう機会を、もっと多くの日本人に体験して欲しいと思いました。つまり、知らない人と気軽にコミュニケーションが取れる、そんな場を提供したかったんです。そこで、まずはパクチー料理専門店『パクチーハウス東京』を作りました。ほとんどの方が、1日3回食事しますよね。そんな食事を通じて、お客さん同士がコミュニケーションをとれたらと思ったんです。実際、やはりパクチーハウス東京では、いろいろな人と人とのコミュニケーションが生まれました。すると今度は、もっと長く時間を共有する場が欲しいと考えるようになり、コワーキングスペース『PAX Coworking』を作ったんです」

 そこに集まった人同士で、自然とコミュニケーションが生み出される。確かに日本では、知らない人にいきなり話しかけるようなことはほとんどありません。しかしふとしたキッカケで知り合った同士が、もしかしたら親友と呼べるような仲になることだってあるでしょう。私自身、そうした経験は少なくありません。

「でも飲食店やコワーキングスペースは、あくまでその範囲内で終わってしまいますよね。これがもったいない気がしていて、マラソンイベント『シャルソン』を作りました。最初は経堂での開催。パクチーハウス東京を中心に世田谷区周辺を回り、地域の魅力などを集めて発信していったんです。これがやってみたら想像以上におもしろくて、もっと頻繁に開催してほしい、あるいは経堂以外でも開催して欲しいという声が挙がったんですよ。結果、これまで70ヶ所で約170回のシャルソンが行われています」

 東日本大震災後は、“ポジティブな復興支援”をコンセプトとして被災地を巡る『ウルトラシャルソン』も開催。走りながら各所を訪れ、その土地の魅力を発信するといった取り組みも行われています。これもまた、佐谷さんご自身が震災後に初めて東北を訪れ、その状況に「ときどき来なければ」と感じたことがキッカケ。さまざまな縁があり、主催としてウルトラシャルソンを開催するに至ったそうです。

『ランニング手当』は走る楽しさを知るキッカケ作り

 さまざまな場を設け、コミュニケーションを生み出す仕組みづくりに取り組まれている同社。中でも『シャルソン』を企画運営していることから、社内にもランナーが多いように思われるかもしれません。それならば、走った距離に応じて手当が受けられる『ランニング手当』の発想にも納得ができるでしょう。しかし実際のところ、もともと佐谷さんはランニング経験ゼロ。社内スタッフの皆さんも、ランナーではなかったと言います。

「当初はビール腹が凄くて、いろんな運動を試しました。でも、なかなか解消できなかったんですよね。そこで、実はもっとも嫌いだったランニングを始めてみたところ、意外なおもしろさに気づいたんです。街を点ではなく、線や面で見られることが楽しくて、ついにはマラソン大会にも出場するほどに。世田谷ハーフマラソンや河口湖マラソンなど……中でもメドックマラソンがおもしろすぎて、すでに7回出場しています。メドックマラソンではエイドでワインが提供されるので、立ち止まってグラスを回したり香りを楽しんだり。あるいは知らない人と乾杯するなど、自然と会話が生まれるんですよ。みんな仮装していますし。その日本版を作りたくて、シャルソンの開催に至りました」

 大会という形だと開催まで10〜20年はかかると見た佐谷さん。しかし大会ではない普段のランニングなら、道路使用許可なんて不要です。また、飲み会の後に走ることだって、やろうと思えば可能でしょう。そして佐谷さん自身が、“必死に頑張って走る”ことを苦手に感じていました。参加者それぞれが、自分たちのペースで楽しめる。その視点から、シャルソンは一般的なマラソン大会と一線を画する、実にユニークなものとなっています。

「シャルソンでは、コースを決めていません。走るコースが決まっていると、例えば近くに見てみたい景色があっても、行くことができないじゃありませんか。とにかく自由に楽しめるよう、制約を設けないスタイルにしました。水分補給やスマートフォンの充電などは、提供してくれるお店などを呼びかけて集める。あとは参加者が自由に走って、街を回りながらその魅力を発見していくんです。もっと言えば、走らず歩いても問題ありません」

 体質改善をキッカケに始めたランニング。その楽しさを知り、より多くの人々に広めるために、シャルソンが生まれたと言えるでしょう。しかし社内のスタッフには、当時ほとんど走っている人はいませんでした。そこで誕生したのが、『ランニング手当』という制度です。

「社内スタッフもおもしろそうだと感じてはくれるものの、やはり身体で理解しているわけではありません。とはいえ、私自身も全くランニングとは無縁でしたから、いくら言葉で伝えても難しいと思いました。それなら、やはり体験してもらうしかありませんよね。そこでランニングに触れるキッカケとして、『ランニング手当』を作ったんです。この制度は月100km以上走った場合、最大8,900円を上限に給与額×8.9%の手当を支払うというもの。最近では達成者が増えてきました」

 たくさん走れば、最大8,900円が支給される『ランニング手当』。ただ目的なくランニングを勧められるのに比べて、1つのモチベーションになるのではないでしょうか。結果、シャルソンという事業に対する理解を深めると共に、スタッフの健康促進にも繋がりそうです。月100kmという距離は簡単ではありませんが、達成者が出ているということは、やはり“体験”によってその楽しさを実感している方が増えているのでしょう。同社の事業や取り組みに興味のある方は、一度連絡を取ってみてはいかがでしょうか。働き始めたことがキッカケとなり、ランニングに目覚める……なんていうことがあるかもしれません。

[企業情報]
株式会社旅と平和 http://pieceofpeace.org/
・住所:東京都世田谷区経堂1-25-18 3F
・代表者:代表取締役 佐谷恭

[筆者プロフィール]
三河賢文(みかわ・まさふみ)
“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かし、中学校の陸上部で技術指導も担う。またトレーニングサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室、ランナー向けのパーソナルトレーニングなども行っている。3児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表。
【HP】http://www.run-writer.com

<Text&Photo:三河賢文>