2024年1月2日

箱根駅伝で強い学校はどこ?過去のデータや傾向から紐解く、箱根駅伝の注目ポイント (1/3)

年始の風物詩といえば「東京箱根間往復大学駅伝競走」(以下・箱根駅伝)。選手たちが箱根の地でたすきをつなぐために日々トレーニングを重ね、毎年多くのドラマが生まれます。

テレビで見て応援しているものの、ただ見ているだけでは気づきにくい、箱根を楽しむポイントを「Japanマラソンクラブ」マラソン完走請負人・牧野仁さんに聞いてみました。


[プロフィール]
牧野仁(まきの・ひとし)
有限会社スポーツネットワークサービス代表、Japanマラソンクラブ完走請負人。1967年東京生まれ。アスレティックトレーナー、ストレングス&コンディショニングトレーナーとして活躍し、全国各地で、あらゆるランニングの指導を展開している。

テレビ放送が変えた箱根駅伝の歴史

箱根駅伝に出場するチームは、関東学生陸上競技連盟に加盟する21チーム。前年大会でシード権を獲得した上位10校と10月の予選会を通過した10校に、予選会を通過しなかった大学の記録上位者から選ばれた関東学生連合からなります。

ここで箱根駅伝の歴史を振り返ってみましょう。第一回大会が行われたのは1920年2月14日。早稲田大学、慶應大学、明治大学、東京高等師範学校(現・筑波大学)の4校が参加する『四大校駅伝競走』の名称でスタートしました。

100年以上の歴史を持つ箱根駅伝ですが、いまのように人気が盛り上がったのは、いまから約35年前。きっかけはテレビ放送だと、牧野さんは説明します。

「日本テレビが1月2日と3日の2日間、スタートからゴールまで中継するようになったのは、1987年からですが、それまでは参加校もいまほど多くなく、予選会もエントリーすれば出られるような状態でした。いま明治大学体育競争部監督の園原健弘さんは、競歩の全日本チャンピオンでオリンピックにも出場していますが、箱根駅伝にも2回出場しています。元旦に競歩の日本選手権があって、そこで出場してから、箱根駅伝でも走っている。ご本人は“だって、箱根駅伝に出る人がいなかったから”と笑いながら話されているほどです。それぐらい出場する選手がいなかったのです」(牧野さん)

ところが、テレビ放送で生中継が行われるようになると、自分もやりたい! と思う人が増え、選手の数も急増。

「予選会から多くの大学が参加するようになり、競技人口が増えたことで、選手層が厚くなり、選手のレベルも格段に上がりました。1990年代に入ると、早稲田大学の渡辺康幸さんのようなスター選手が登場し、さらに注目度もアップ。いまでは予選会も選考基準を突破しないと出場できないほどです」(牧野さん)

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