2018年1月24日

舞台は極寒の冬山。スキー・スノボ国際大会を支える通信テクノロジーの今と未来とは

 「フリーライドスキー・スノーボード」をご存知でしょうか。大自然の冬山から滑り降りるウィンタースポーツの新しいスタイルで、整備されたゲレンデを滑るよりも迫力があり興奮すると世界中で人気が高まりつつあります。その国際大会であるFreeride World Tour(以下、FWT)の開催地に、今冬の長野県白馬村が選出されました。これはアジアで初めてとのこと。そこで大会期間中の現地を訪れ、大会関係者、そして大会の模様を観客やファンに届ける通信テクノロジーの現場を取材しました。

この急斜面を滑るの!?

 筆者が訪れたのはFREERIDE HAKUBAの舞台となった白馬アルパインエリアです。麓からゴンドラとリフトを計3回も乗り継ぐことで、ようやく標高1850mの村営 八方池山荘に到着。競技エリアのスタート地点が設置されているのは、その山荘から尾根伝いに歩いて20分ほどの場所にあるようです。なお一般ギャラリー向けには、安全に競技を観戦できるエリアが用意されていました。

▲尾根伝いに歩く選手たち。競技エリアのスタート地点は、山荘から徒歩20分ほどの場所にある

▲競技を観戦できるエリアからの様子。この急斜面を滑るのかと思うと、見ている方が冷や汗をかいてしまう

 しかし読者の皆さんには、ここで悲しいお知らせをお伝えしなければなりません。というのもコンディションの見極めに細心の注意を払う大会運営側が、同日のFWT開催の延期を決定していたのです。ただでさえ危険な競技、雪山の状態が悪ければ大事故につながりかねません。これは仕方のない判断でしょう。その代わり会場では、世界のトップ選手によるデモ滑走が行われました。

機材も凍りつく環境で

 大会の模様は、ライブ中継が予定されています。しかし舞台となるのは、日中の気温でさえマイナス10度を超える過酷な冬山。さらに山頂ともなれば、電波も乏しいことが不安視されます。機材が凍り、電波も来ないような場所で、どうやって生放送を行うというのでしょうか。そこで、まずは大会の通信伝送システムをサポートするKDDIの関係者に話を聞きました。

 話を聞いたのは、KDDI 技術統括本部の前嶋拓氏。同氏によれば、今回KDDIでは移動基地局車を麓に設置、競技エリアに向けて電波を発信するとのことでした。「周波数2GHzと800MHzの電波を使い、麓から山頂を狙います。山の尾根が電波の障害になったり、遠方の基地局からの電波が干渉したりするので、チューニングには時間がかかりました」と苦労を語ります。

▲KDDI 技術統括本部 運用本部 運用品質管理部 名古屋テクニカルセンター フィールドグループ グループリーダーの前嶋拓氏

 コミケや花火大会など、人の集まるイベントで目にすることがある移動基地局車ですが、今回のような寒さの厳しい冬山に設置した前例はなく、KDDIとしてもある意味、“挑戦”だったようです。「除雪もそうですが、特に機材の凍結対策に気を遣いました。北海道のスタッフなどとも相談しながら準備を進めました」と前嶋氏。そのお陰で、実際のところ山頂の通信環境はとても良いものになっていました。

▲麓に移動基地局車を設置して、競技エリアに向けて電波を吹かせる。山頂のスタッフが、電波が正しく届いているかチェックを繰り返した(写真提供:KDDI)

 KDDIでは、麓から電波を飛ばして競技エリア周辺の通信環境を整えるとともに、山頂には中継のためのテントを設置。選手が滑る映像を、このテントからYouTubeにアップストリーミングする計画とのことでした。

▲山頂に設置された中継テント。競技の映像をこのテントからYouTubeにアップストリーミングする。麓からの電波を効率よくキャッチできるよう、崖ギリギリに立っていた

通信はスポーツに何をもたらす?

 八方池山荘では、大会を運営するFWT Management SA CEOのNicolas HALE-WOODS氏にも話を聞きました。まず、通信が大会にどのように貢献しているかを聞くと「いまや、すべてのスポーツにとってコミュニケーションは欠かせない要素になっている。テクノロジー企業がパートナーになってくれたことで、今大会では数十万人の視聴者に映像を届けられる。観戦に来ている数百人のギャラリーが持っているスマホにも情報を伝えられる」と同氏。さらに「ファンとどれだけ交流できるか、がスポーツの将来を決める」とも話し、通信が取り持つコミュニケーションの重要性を繰り返し強調します。

 そして、次のように続けました。「白馬村も、アラスカと同様に電波環境が厳しい地域。だからKDDIにとって、テクノロジーを試す良い機会になる。ここで大会を成功できれば、もう何処でもサービスを提供できるだろう。他の大会でもKDDIとパートナーシップを結んでいけたら良いと思っている」。映像は海外にも発信されるため、それを通じて、日本の企業がこれだけの通信技術を持っているという宣伝にもなる、とにこやかに笑いました。

▲大会を運営するFWT Management SA CEOのNicolas HALE-WOODS氏

 今後は、競技にどのように通信を活用していく考えなのでしょうか。その質問に同氏は「2年前、選手に装着したGoProでライブ中継を試みた。でも途中で何度も電波が途切れてしまった。しっかりとした通信によるライブ中継が実現できれば、スポーツとしてもひとつ上のレベルにいけるのではないかと考えている」と説明していました。

テクノロジーがスポーツを変える

 KDDIでは今後、どのようなサービス展開を考えているのでしょうか。今度は、同社 バリュー事業本部 部長の繁田光平氏に話を聞きました。まず今回、FWTへ協力した理由について同氏は「ケーブルTVの『J SPORTS』や、KDDIが協業する『SPORTS BULL』でコンテンツを配信できるだけでなく、大会の通信環境をサポートすることで、将来につながるさまざまな価値をつくれると考えたからです」と説明。具体的には、リアルタイムVRの開発、ドローンによる映像配信、IoTデバイスを通じた選手の状態のデータ化、といった未来の技術につながるノウハウを取得する狙いがあるとのこと。

▲KDDI バリュー事業本部 バリュー事業企画本部 ビジネス統括部 部長の繁田光平氏

 KDDIでは現在、「低遅延」「大容量データ接続」といった特徴のある次世代通信技術「5G」の開発を進めています。この5Gによるサービスの実現は、スポーツをどう変えるのでしょうか。繁田氏は「通信によって、遠くの人にも競技の臨場感が伝えられる。でもそれだけでなく、会場に観戦に来ているお客さんにも恩恵はある」と前置きして、次のように続けました。

「例えばスマホをかざして選手にオーバーレイすれば、選手の身体の状態が手元で確認できる。それは心拍数、体温、あるいはスノーボードの傾斜角度、野球ならバットのスピードなどが、リアルタイムに分かるということ。チームのベンチに360度カメラを設置して生配信してもおもしろい」

 このほかにもアイデアは尽きません。観客が任意のタイミングでリプレイ映像をチェックする、といったことも低遅延・大容量データ接続の5Gなら可能ではないか、などと説明します。

 でも繁田氏が目指しているのは、さらにその先の展開でした。「センサー技術によりトップ選手の活動量が分かり、アスリートの持つ技術の秘密が分かれば、子どもたちにスポーツを教える際に活用できる。すると、子どもの才能も効率よく伸ばすことができる。それがひいては、スポーツ人口の増加にもつながっていくでしょう」。そのためにも現段階で、どういった点にまだ課題が残っているか、大会の運営をサポートしながら探っていると話していました。

 なお白馬八方尾根スキー場のうさぎ平テラスには、FWT出場選手が白馬八方尾根スキー場や白馬アルパインエリアで撮影した360度カメラの映像を使って、選手の滑走するスピードや迫力をVRで体感することができる「ドーム型VRスペース」が設置されていました。ヘッドマウントディスプレイを使わずに多人数でVRを楽しめるとあり、家族連れなどにも好評のようでした。

▲FWT選手の滑降が体感出来る「ドーム型VRスペース」が設置されていた

<Text & Photo:近藤謙太郎>