インタビュー
2019年3月5日

いだてん・中村勘九郎「(生田)斗真と『とにかく命がけでやろうね』と話し合った」。日本人初出場のオリンピックを描く「ストックホルム青春編」へ突入 (3/4)

視聴率について。三谷幸喜さんがメールをくれた

――視聴率が10%を切ったと言われているが。

中村:気にしなきゃいけないのかな、という気持ちはあります。自分はドラマに出演した経験も少ないんですが、個人的には気にしていないんです。でも周りが心配してくれて。三谷幸喜さんもメールをくれた(笑)。「数字は絶対に気にしない方が良い」なんてね、みんな優しいなと思いました。

多くの方に見て欲しい気持ちがあります。視聴方法はたくさんあるので、リアルタイムでも見て欲しいんですが、多くの人に見てもらえるならどんな方法でも良いと思います。うちでも録画してますし。

勘九郎のなかに金栗さんが入ってくる

――金栗さんの書いた「盲目旅行~国際オリンピック競技参加之記」は読んだか。

西村:脚本をいただいたときに一緒に読みました。どんな人物像が浮かび上がってくるのか、イメージをたぐり寄せるために。金栗さんは、なんとなく天然で、海外が嫌い。日露戦争の時代の人で、第1回あたりでは海軍にも志願していましたし。今後、春野スヤさんとの関係では「こんなことするの?」といったエピソードも出てきます。演出に反映していこうと思っています。

中村:私の場合は、まず金栗さんの書く文字に注目しました。とても繊細な、小さい字で書いてある。それで性格のヒントを得た部分もあります。ただ、読めない部分が多いのも事実。

西村:その文字が読める熊本の人に、1枚ずつ見ていただいて、文字に起こしてもらって。それをスタッフが複製して、小道具として勘九郎さんに渡しています。

――走っているときの「スースー、ハーハー」は、金栗さんもしていた?

中村:していたそうです。走っているとき、確かにリズムがとれるんです。でもアフレコで録音ルームでやると、酸欠になる(笑)。ちなみに、子どもたちも真似してくれます。「ほら、いつものやってみなよ」とお母さんが子どもにやらせてくれるんです。いつも家でやっているんでしょうね。うれしいですね。

金栗さんが“マラソン”という競技に日本人で初めて挑戦してから100年が経ちました。昨日も、東京マラソンでたくさんの方が走っていた。そんな姿を見ると――。1年間、同じ役を演じていくと、勘九郎に金栗さんがどんどん入ってくるんですよね。だから昨日なんか「みんな楽しそうに走ってくれてよかった」、もっと言うと「こぎゃんか風に走っとるわ、うれしかぁ」って思うんですよ。大河ドラマを経験している、今ならではの感覚なんでしょう。

――第13回では、挫折、敗北のどん底から立ち上がる様が描かれるとか。ご自身の経験で共感する部分は。

中村:金栗さんて、強い人だなと思います。立ち直る、前を向く力を持っている人。僕もそうありたいと思います。金栗さんを演じるまで、ボクは負ける悔しさを感じたことがなかった。子どもの頃から芝居の家で育ったわけですが、芝居は点数がつかないし、タイムを競うこともない。人それぞれが見てどう思うかなんです。自分で評価を付けることもありません。

運動も好きじゃなくて、徒競走で負けても何とも思わなかった。それが初めて、金栗さんの役をやってみて。マラソンレース中に倒れて途中棄権するんですが、その負けを追体験してみると本当に悔しかった。ノイローゼになるくらい悔しくて、夜も眠れなかった。マラソンのことを思い出すうちに熱を出してしまいました。だからストックホルムのロケ最後の大きな打ち上げに出られなかった。ホテルで寝ていました。それくらい悔しかった。うちの付き人は、私の代わりに打ち上げ行ってましたけどね(笑)。

ちなみに第12、13回では日本に帰国して、世間からさまざまな反応がある。周りからどう思われているのか、それは苦しいこともあります。でも金栗さんは、次を見据えている。だから私も、強い力を持って演じています。

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